« メアリー・オール(9) - 地域語の経済と社会 第274回 CAN’S CITY(きゃんすシティ) »

「百学連環」を読む:「個別」とはなにか

2013年 10月 4日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第128回 「個別」とはなにか

 さて、前回は「普遍学」と「個別学」のうち、前者について検討しました。続いて「個別学」についても見ておきましょう。

 すでに述べたように、素朴な疑問として、物理学がなぜ個別学に分類されるのかということが気になります。そこで、「百学連環」の本編のうち、関連する箇所を覗いてみることにします。

 まず、本編の「第二編」冒頭、これから個別学のパートに入りますよ、というところでこんなふうに述べられています。

Particular Science ち殊別學の性質に二ツの區別あり。Intellectual Science 及ひ Physical Science 是なり。心理上の學は分つて三種とす。第一 Theology 第二 Philosophy 第三 Politics & Law 等なり。

(「百學連環」第二編、『西周全集』第4巻、111ページ)

 英単語には、それぞれ次のような漢語が左側に添えられています。

 Intellectual  心理上ノ
 Physical  物理上ノ
 Science  學
 Theology  理學
 Philosophy  哲學
 Politics  政事
 Law  法律

 訳してみましょう。

「個別学(Particular Science)」には二つの性質がある。「心理系学問(Intellectual Science)」と「物理系学問(Physical Science)」である。心理学系はさらに三種類に分かれる。神学、哲学、政治・法学である。

 特に「個別学」とはなにかといった説明は見あたらず、西先生はそのまま神学と宗教の解説に入っています。人民によってなにを神とするかは違うとか、宗派の争いがあるといった概要を述べたうえで、そこからしばらく、日本、支那、天竺、百児西亜(ゾロアスター)、小亜細亜、耶蘇教、回々教という具合に、やや詳しく解説してゆきます。

 次に論じられる哲学も、論理学、生理学、存在論、倫理、政治哲学、美学の六分野に分けられると述べた後で、それぞれについて解説しています。ここでも、西洋の哲学史を辿ってから、中国に目を移し、人物や文化によって考え方が違うことに注目しています。「個別学」たる所以でありましょう。

 では、物理学はどうか。「第二編」の「第二」として「物理上学(Physical Science)」が俎上に載せられます。上記の現代語訳では、これを「物理系学問」と訳しました。その冒頭では、「物理上学」を「物理学(Physics)」「天文学」「化学」「博物誌」の四つに分けています。

 その上で「物理学」の解説が始まります。そこではまず、イギリスにおいて Physics は Natural Philosophy(物理上哲学)とも称されること。これは、Mental Philosophy(心理上哲学)に対するものであることが述べられます。Natural Philosophy とは、現在では「自然哲学」と訳されもします。「自然科学(Natural Science)」という名称が普及する以前、いまでいう科学に該当する領域を「自然哲学」と称していたのでした。

 いずれにしても、ここには「物理」と「心理」を対で考える発想が見られることに注意しておきましょう。現在の分類の仕方でいえば、自然科学と人文学に対応する発想でもあります。

 さて、この「物理学」を論じるくだりで、いま私たちが注目している common と particular に関する説明があります。その箇所を見ておきましょう。

格物學と化學とは最も混雑し易きか故に、之を分明に區別せさるへからす。此二學は皆 matter を論するものにて、格物學はマットルの more common なるものに就て論し、化學はマットルの more particular なるものに就て論す。
 普通の物とは譬へは水に物を沈めるとし、石も沈ミ、鐵も沈ミ、鉛も、金も、銀も沈むか如き、是皆沈む物の普通たり。殊別とは一ツ一ツの物に就て論するものにて、譬へは金は金の引力あり、銀は銀の引力あり、鐵は鐵の引力ありと論するか如く、物に就て悉く區別して論するものなり。

(「百學連環」第二編、259-260ページ)

 上記中、matter には「物質」、common には「普通」、particular には「殊別」という漢語が左側に振られています。訳してみます。

物理学と化学はたいへん混同しやすいものだけに、はっきり区別する必要がある。この二つの学は、いずれも「物質(matter)」を論じるものだ。「物理学」では、物質について、より普通の側面を扱い、「化学」では、より個別の側面を扱う。
 ここで言う「普通」とはなにか。例えば、水に物を沈める場合で考えよう。石でも鉄でも鉛でも金でも銀でも、いずれも水に沈む。つまり、これらの物質はどれも水に沈む点で、共通の性質を持つ(普通である)。他方で「個別」とは、〔物質の共通性ではなく〕一つ一つの物質の性質のことだ。例えば、金には金の引力があり、銀には銀の引力があり、鉄には鉄の引力があるという具合に、物質をことごとく区別して論じるのが、個別ということである。

 ご覧のように、個別の物質に共通する性質を見てゆくのが「普通(common)」であり、むしろ個物の違いをそれぞれ見てゆくのが「個別(particular)」という区別のようです。

 西先生の見立てとしては、物理学も化学も物質という具体的な個物を扱う学問であり、物理学のほうは中でも普遍的な性質を扱うもの、化学は個別の性質を扱うものということでしょうか。

 普通学と個別学の分類基準が、今ひとつ腑に落ちません。といっても、分類というものは、必ずある観点の表明でもあります。西先生による学問分類の是非というよりは、その分類は、果たしてどういった発想からなされているかということを、できれば理解したいと思っています。

 再び「総論」に戻って、残る部分を読みながら考えてみることにしましょう。

<< 前回  次回>>

*

=卽(U+537D)
=神(U+FA19)

◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「「百学連環」を読む」目次へ

筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

*

【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

2013年 10月 4日