地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第276回 田中宣廣さん: 東北弁ならではの英語とのコラボ,ほか

筆者:
2013年10月19日

第106回で「『方言』と『しゃれ』のコラボ」の例を紹介しました。また,第120回では山形県酒田市の「オランダせんべい」が紹介されました。

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【写真1】「旨ーど」と「made」

今回は,とくに東北弁の発音を上手にとらえた英語とのシャレ,漢字のコラボの例を紹介します。

最初の例は,青森県の県庁所在地の青森市で「食のまち・青森市」をPRするための方言メッセージ「め~ど~ in 青森!」です【写真1】。幟などが青森市内の各所で見られます。これについて,青森市のウェブサイト内//www.city.aomori.aomori.jp/view.rbz?cd=9058で,制定の経緯や,この方言メッセージが公募によるもので,作成者のお名前,などが説明されています。

この方言メッセージの言語的解説も,《作品の簡単な説明》のなかで適切になされています。的確かつ簡潔なので,そのまま引用します。

“津軽弁で「美味しいよ〜」「旨いぞ〜」を意味する「め〜ど〜」と,Made in Aomori(メイド・イン・アオモリ)(青森産品)の「Made」をかけています。”

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【写真2】「行こう」と「行GO」
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【写真3】「ごうしゃく」と「豪石」

2例目も,青森県の例です。平内町(ひらないまち)での漁業体験イベントのチラシです。メッセージが「漁船で行GO!」となっています【写真2】。これは,東北弁(千葉県以北の関東地方も)の「語中におけるカ行音・タ行音の濁音化」現象を,上手に活用したものです。小さい字で「ぎょせんで いご~」とも書いてあります。まさに,東北弁だからこそ実現したシャレなのです。この濁音化現象のない方言では考えられないものですね。

3例目は,英語ではなく,漢字の当て字です。東北弁では,立腹することを「ゴセオヤグ」また「ゴーシャク」「ゴセヤグ」「ゴシャグ」といいます。「後世を焼く」が語源だといわれています。仏教に,腹を立てると来世での安寧をみずから焼き払ってしまう=怒る心はいったん静めてみよう,との教えがあり,それがもとになっているとの推定です。その「ゴーシャク」を,秋田県で「超神ネイガー」(第26回で紹介)シリーズでの変身のときの掛け声になり,「豪石」の当て字がなされています。さらにネイガーのグッズの一つとして「豪石クッキー」が発売されています【写真3】。

方言メッセージのなかは,このように,一見,他のことばのようにして私たちの目に入ってくる例もあります。皆さんも気を付けていると見つかります。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。