タイプライターに魅せられた女たち・第104回

メアリー・オール(13)

筆者:
2013年10月31日

1914年6月、レミントン・タイプライター社は、「Remington Junior」を50ドルで発売しました。1つのキーで、大文字・小文字・数字(あるいは記号)の3種類が打てるという、いわゆる3段シフト機構を搭載した「Remington Junior」は、小型軽量タイプライターの先駆けとなりました。ユニオン・タイプライター社を吸収合併したことで、レミントン・タイプライター社は、「Monarch」や「Smith Premier」などの特許と技術を、かなり自由に使えるようになりました。それが「Remington Junior」の誕生へとつながったのです。「Remington Junior」の成功と、輸出台数の増加で、ようやくレミントン・タイプライター社は、息を吹き返しました。

「Remington Junior」

「Remington Junior」

1919年2月14日、オール女史は、ミルウォーキーのフォレスト・ホーム墓地で、ショールズ生誕100周年の記念式典に参加していました。この記念式典は、全国速記記者協会(National Shorthand Reporters’ Association)のウェラー(Charles Edward Weller)という人物が、レミントン・タイプライター社に持ちかけてきた話でした。ウェラーは、ショールズの古い友人で、ショールズの墓にモニュメントを立てたい、と提案してきたのです。タイプライターの父とも言うべきショールズの墓に、それを示す墓標すらないのが、ウェラーには気がかりでした。このウェラーの話に、前社長のベネディクトが一も二もなく乗ってしまったため、レミントン・タイプライター社としては、全社を挙げてサポートすることになってしまったのです。ただしそれは、レミントン・タイプライター社の宣伝にも、一役買っていました。

フォレスト・ホーム墓地に立てられたショールズのモニュメント

フォレスト・ホーム墓地に立てられたショールズのモニュメント

1920年10月、レミントン・タイプライター社は、「Remington Portable」を60ドルで発売しました。「Remington Junior」の技術を、42キー2段シフトの中型タイプライターにも導入し、さらなる軽量化を追及したのです。それは同時に、「Remington Visible Typewriter Model 10」のユーザーや、さらには「Underwood Standard Typewriter No.5」のユーザーまでも、「Remington Portable」に取り込もうとする、レミントン・タイプライター社の大胆な挑戦でした。

「For Young, For Old, For Everybody, Remington Portable Typewriter」の広告(『Popular Mechanics』誌1923年10月号)

「For Young, For Old, For Everybody, Remington Portable Typewriter」の広告(『Popular Mechanics』誌1923年10月号)

メアリー・オール(14)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。