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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第15回 『年中行事絵巻』巻三「闘鶏」の寝殿造を読み解く その3

2013年 11月 16日 土曜日 筆者: 倉田 実

第15回 『年中行事絵巻』巻三「闘鶏」の寝殿造を読み解く その3

場面:闘鶏(とうけい。鶏合(とりあわせ)とも)
場所:ある貴族邸の南面と南庭
時節:春

(画像はクリックで拡大)

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建物:透渡殿(すきわたどの。西渡殿) 檜皮葺の屋根 高欄 廊 西中門廊(西中門北廊) 簀子 床 沓脱 棟瓦 西中門 西中門廊(西中門南廊) 幄舎 

西渡殿 今回が闘鶏の家の絵巻を読み解く最後の回です。早速、寝殿から西渡殿に赴きましょう。ここは、寝殿を中心とした方角から西渡殿あるいは西南渡殿と言い、構造からは透渡殿となります。前回に見ましたように、屋根と高欄だけの吹き放ちです。ここに闘鶏を見る二人の袿姿の女性が、扇や袖で顔を隠しています。この家の侍女なのでしょう。

西の対はあるか 西渡殿から西に進むとどうなっているでしようか。寝殿造は、寝殿の東西に対の屋を設けるのが基本でした。しかし、闘鶏の家では、霞に隠されて西の対があるはずの所がはっきりしていません。ただし、西渡殿と直角に北側に向かう建物があるようです。これが廊のようなものか、西の対になるかですが、前者のようです。この廊はさらに北に続いていることになります。

西中門廊・西中門 廊の北方向は分かりませんので、西渡殿から左に折れましょう。そこは西中門廊です。南庭側には簀子が通っていて、通路には床があります。南端には西中門廊に上がるための沓脱があります。

 棟瓦の載る檜皮葺の屋根が一段高くなっている所が、西中門です。前々回に見ました東中門と比べますと、扉もなく吹き放ちになっています。西側は日常的には通行の用をあまり果たさないために簡略になっているのです。

 同じことは、西中門南廊にも言えます。土間のままになっていて、やはり簡略です。

 西中門からさらに西に向かえば、西門に到ることになりましょう。しかし、絵巻はそこまで描いていません。闘鶏の家の建物の見学は、以上で終わりになります。続いて、南庭に下りてみましょう。

南庭 寝殿造は、これまで見てきましたように、寝殿・東西の対・東西の中門廊が、コの字を90度回転させた形で配置されていました。そして、その内部を南庭と呼び、さらにその南に池(南池)を掘りました。

 貴族邸宅の場合は、闘鶏のような遊びの他に、さまざまな儀式や行事に南庭が使用されました。そのために、広い敷地を南庭に当て、寝殿南面から南池の北端までは、18~21メートルほどの距離を置いたようです。かなりの広さになりますね。南庭には白砂が敷き詰められ、植栽は邪魔にならないように建物の側に限りました。

 闘鶏の家でも、寝殿東面の前と、西中門北廊だけに大きな樹木が見えます。寝殿の御階を挟むように、二本の木(柳と松)があり、そこに鶏が繋がれていますが、この木は闘鶏のためにわざわざ植えたものなのです。

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幄舎 闘鶏の家には、南庭の東西に、テントとなる幄舎が張られていますが、何のためでしょうか。これは、楽人の楽屋と舞人の控えの場になっています。闘鶏は、左右に分かれて勝負をしますが、第12回で触れた賭弓の場合のように、勝った方が笛や太鼓で奏せられる「乱声(らんじょう)」を行い、左が勝てば「羅陵王(らりょうおう)」、右が勝てば「納蘇利(なそり)」という舞がされました。幄舎は、このために張られているのです。単に鶏を戦わせるだけが闘鶏ではないのです。奏楽と舞楽も行なわれる雅な面もあったのです。

遣水 さて、前回はスペースの関係で詳しく触れられませんでしたので、南庭に流す、遣水と呼ぶ細い水路について触れておきましょう。遣水の水源は、邸内に涌く泉か、邸外から引いた導水路の水になります。寝殿造では、東渡殿の下から湾曲させて南池まで流します。遣水は川、南池は海に見立てられました。

 それでは闘鶏の家の遣水を見てみましょう。東渡殿の付近には、わずかですが草花が植えられています。また、石組をし、石を流れの中に置いて渓谷のようにしています。水音が響くように風情をこらしているのです。場合によっては、遣水を堰き止めて滝を作ることもありました。また、東中門の内側には、遣水を渡れるように反橋がかけられています。

南池 最後に南池について簡単に触れておきます。描かれていませんが、闘鶏の家にも南池はあったはずです。南池には、様々な形で作られた中島が一つ以上築かれ、そこには橋を渡しました。汀は、洲浜にしたり、荒磯にしたりします。また、南池近くには、築山を築き、山里のような風情にすることもありました。

 南池には、舟を浮かべて舟遊びをしたり、儀式の折には、龍頭鷁首(りょうとうげきしゅ)の舟を装い、そこに楽人を乗せて演奏させたりすることもありました。

 寝殿造の建物は、言わば規格化されています。しかし、遣水や付近の植栽、あるいは南池は、建物以上に意匠をこらすことができました。寝殿造を考える際に、南庭・南池もきわめて重要なのです。

終わりに 以上、三回にわたって闘鶏の家の寝殿造を見てきました。さらに後四回続けて寝殿造がよく描かれている他の絵巻を読み解いていく予定でいます。併せて寝殿造の理解が深まれば幸いです。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年は辞書の挿絵も手がける。
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。平安貴族の寝殿造の構造について詳しく取り上げる「寝殿造特集」は、ご好評につき、特別拡大版で次回以降も続きます。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
このたび大改訂した学習用古語辞典のベストセラー『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と、絵解き式のキャプションが採用されています。

 

 

 
2013年 11月 16日