地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第282回 井上史雄さん:列車名の方言―特急・急行のヘッドマーク・トレインマーク―
Dialect in train names― Head marks or train marks of express trains ―

筆者:
2013年11月30日

このシリーズでは、さまざまな分野で使われている方言を取り上げています。このほどエッセンスを選んだ本『魅せる方言』が出版されました。テーマごとに並べてありますから、読みやすいでしょう。シリーズを始めた2008年頃は、「買える方言」を網羅的に集めようとしたのですが、実例が増えて、追いつきません。一方で「買えない方言」が増えました。

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【写真】「おいでまい高松運転所」のヘッドマーク
(JR四国提供)

しかし未だに方言が使われない分野があります。その一つが乗り物の愛称です。と思っていたのですが、列車の愛称について調べているうちに、一つ見つけました。電車の先頭の名前を書いた丸い鉄板などを、ヘッドマーク、トレインマークと呼びます。そこに「おいでまい 高松運転所」というのが登場していたのです【写真】(JR四国提供)。インターネット情報によると、「鉄道の日ふれあい祭り おいでまい高松運転所」の特別列車として、平成23(2011)年以来「鉄道の日」に使われています。平成22(2010)年に第1回を予定していたのですが、台風で中止になったそうです。また平成25(2013)年も台風で中止になったそうで、多難な方言ヘッドマークです。

「おいでまい」は、「いらっしゃい」にあたる歓迎のあいさつで、香川県と愛媛県で使われます。山口県の「おいでませ」はじめ、他の実例は『魅せる方言』をご覧ください。

しかし「おいでまい」は(普通は乗れない路線の)臨時列車の愛称です。特急・急行の名前については、インターネットのサイトに一覧が載っています。鳥や山などの自然物や旧国名が使われて、方言は登場しません。この点は戦前の軍艦(戦後の自衛艦)の命名と似ています。JRはかつて日本「国有」鉄道でした。国家で運用するものに方言を使うのは、矛盾するのです。

日本国有鉄道がJRへ変身したあと、特急・急行の名前に変化がありました。外来語が増えました。国外へのまなざしです。しかしいつかは国内へのまなざしとして、方言名特急も現れるかもしれません。なにしろ国家統一の象徴である切手にさえも、方言が登場したのですから(第87回)。

なお乗り物の愛称でも、民営の長距離バスでは、方言が使われています。第249回(「よかっぺ号」が関西へ)参照。また1995年から2年間山口・近畿の夜行バス「のんた号」が走ったそうです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。