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地域語の経済と社会 第284回 ブラジルの日本語(Japanese in Brazil)

2013年 12月 14日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第284回 ブラジルの日本語(Japanese in Brazil)

 今回は、海を渡った日本語の話です。「ブラジルの日本語」もグローバルに見れば「方言」に入ります。日系人社会で継承されている日本語は「コロニア語」と呼ばれ、表記、意味、文法などに特徴が見えますが、ほとんどが買えない方言(第202回参照)です。

(画像はクリックで拡大)
【写真1】
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【写真2】
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【写真3】
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【写真4】
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【写真5】
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【写真6】
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 「バーガあります」【写真1】はハンバーガーの話ではありません。ポルトガル語の“vaga(ヴァガ)”は「空き(vacancy)」の意味で、つまり「空室があります」という意味です。街の通りを歩いていると“aluga-se vagas(アルガセ ヴァガス)(rent the vacancy)”などという表示も見られます。

 ブラジル日本文化協会を訪れると身分証明書の提示を求められます。身分証明書は、日系人の間では「ドクメント」【写真2】です。日本語の外来語では「ドキュメント(document)」ですが、ポルトガル語の“documento(ドクメント)”を日本語に借用しています。

 次の例は「ペンソン(pensão)」【写真3】です。日本語ではペンション(pension)です。西洋風の安宿あるいはゲストハウスを意味します。「ペンサオ」と表示されることもあります。“são”のポルトガル語の発音は「ソン」より「サオ」に近いのですが、「サオ」と表示すると日系人の中でわからない人がいると思われます。一方、「ソン」は「サオ」に比べると「ション」に近いので「ペンソン」に落ち着いたのでしょう。

 以上は「ブラジルの日本語」が日本の日本語と違った例です。次は日本語のおかげでブラジルのポルトガル語がポルトガルのポルトガル語と別になった例です。

 ハロウィーン(Halloween)といえばかぼちゃですが、ブラジルのかぼちゃは“Cabotia(カボチャ)”【写真4】と表記されます。これは日本人移民が日本種を持ち込んで生産率をあげた証の一つとのことです。ポルトガル語で「かぼちゃ」を意味する“moranga(モランガ)”や“abóbora(アボボラ)”も併用されています。本来のブラジルのかぼちゃはすいか(大)のように大きいので、日本人移民が持ち込んだ品種と異なります。“Cabotia”の写真【写真5】を参考にご覧ください。これなどは、新しい物と名前がそのままポルトガル語に借用された例です。

 “KIOTO(京都)”【写真6】は、サンパウロの土産物店兼不動産屋ですが、オーナーは日系人です。Google Ngram Viewerで英語表記について見ると、“KIOTO”という表記は、1881年をピークに1970年代以降はほとんどなくなっています。一方、“KYOTO”は、1890年代から徐々にはじまって1932年をピークに現在に至っています。英語の表記では“KIOTO”のほうが古い表記です。スペイン語では「京都」は、“KIOTO”と表記されます。ポルトガル語で“QUIOTO”と表記されることもあります。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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2013年 12月 14日