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Get Ready(1966/全米No.29)/テンプテーションズ(1960-)

2013年 12月 18日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第110回

GETTIN' READY(Get Ready収録USオリジナルLP)

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/get-ready-lyrics-temptations.html

曲のエピソード

モータウンの副社長も務めていた、今なお現役シンガーのスモーキー・ロビンソン(1940-)は、あのボブ・ディランに「アメリカが生んだ最高の詩人」と言わしめた、と物の本で読んだ記憶がある。その言葉は大仰でも何でもなく、彼の綴る歌詞は本当に繊細で美しい。また、筆者は過去にスモーキー自身の曲(彼がリーダーだったヴォーカル・グループのミラクルズも含めて)や第三者に提供した曲を数え切れないほど訳してきたのだが、時に唸らされ、時に心の琴線に触れるがあまり、その表現にぴったりの日本語を見つけ出すのに数時間を要することもしばしばだった。そしてスモーキーは、筆者が知らなかった英単語を歌詞を通じて数多く教えてくれた。どれほど感謝してもしきれないほどである。

この「Get Ready」もまた、スモーキー作の楽曲である。今なおテンプテーションズ(以下テンプス)やモータウン愛好家に好まれているにもかかわらず、当時は全米チャートでは何故だか上位に食い込むことができなかった。むしろ、オリジナル・ヴァージョンのリリースから4年後にモータウン所属の白人バンド:レア・アースがカヴァーした方が全米No.4を記録する大ヒットとなっている。拙宅にはレア・アースのカヴァー・ヴァージョンの日本盤シングルがあるのだが(家人の私物)、これまた出色の出来映え。やはり原曲そのものが素晴らしいからであろう。

俗っぽい言い方をするならば、テンプスの「Get Ready」は文句なしにカッコいい。筆者が10代の頃、R&B/ソウル・ミュージック愛好家の集まりの場で初めてこの曲をパフォーマンスする彼らの“動く”姿を目にした時には、余りのカッコ良さに全身がシビレたほどだ。今では動画サイトなどで好きな時に観られるが、当時、筆者は瞬きするのさえ惜しんだ。ご興味のある方は、ぜひとも動画サイトをチェックされたし。特に「今から君のもとへ駆け付けるよ」と歌う箇所の振り付けにご注目して頂きたい。

曲の要旨

君みたいに僕の胸を熱くさせる女性は初めてだよ。僕の夢を叶えてくれるのは君だけさ。ほーらほら、すぐに君のそばに行くから心の準備をしておいてくれ。さあ、君を僕のものにするためにこうして君の目の前に来たよ。誠実な愛を君に捧げるから、それを受け止める用意をしておいて欲しいのさ。他の男たちも君のことを狙っているけれど、連中に君をさらわれる前に僕が何としても君を自分のものにしてみせるよ。今すぐ君のもとへ駆け付けて思いを打ち明けるから、どうか待っててくれ。

1966年の主な出来事

アメリカ: NOW(National Organization for Woman/全米女性機構)が結成される。
日本: ビートルズが来日し、武道館でコンサートを行う。
世界: 中国で文化大革命(通称「文革」)が始まる。

1966年の主なヒット曲

Cherish/アソシエイション
Yellow Submarine/ビートルズ
19th Nervous Breakdown/ローリング・ストーンズ
It’s A Man’s Man’s Man’s World/ジェームス・ブラウン
I Saw Her Again/ママス&パパス

Get Readyのキーワード&フレーズ

(a) outta sight
(b) fee-fi-fo-fum
(c) get ready

2週続けてモータウン・サウンドを採り上げるのは気が引けるが、じつは昨日12月17日は筆者が大好きなシンガーのひとり、故エディ・ケンドリックス(1939-1992/日本でのR&B愛好家の間での通称は“エディ・ケン”)の誕生日だったのである。夜中に仕事部屋の床に散乱しているLPやら12インチ・シングルやらシングル盤やらを整理している途中で、エディが所属していたグループ:テンプスのLP『GETTIN’ READY』(R&Bアルバム・チャートで6週間にわたってNo.1,全米アルバム・チャートNo.12)をレコード棚で見つけ、思わずターンテイブルの上に乗せて聴いてしまった。本連載第66回で採り上げたテンプスの「My Girl」(1965/全米No.1)でリード・ヴォーカルを取っているのはもうひとりのリード・ヴォーカリストだったデイヴィッド・ラフィン(1941-1991)だが、エディはテンプスになくてはならないファルセット・シンガーだった。困ったことに(?)、『GETTIN’ READY』には双方がリードを取っている曲が程よく配分されており、なおかつ筆者が大好きなもうひとりのリード・シンガーだったポール・ウイリアムス(1939-1973)の熱唱が冴え渡る楽曲も収録されているため、ついついアルバム1枚を通して聴いてしまうのが常だ。今回、採り上げた「Get Ready」(R&BチャートNo.1)はLPのA面4曲目に収録されているのだが、真っ先に聴きたい気持ちをグッと抑えて、あの印象的なイントロが始まるまでA面の1曲目からレコード針を落として4曲目に差し掛かるのをジッと待つのである。しかも、その直前に収録されているのが、筆者がテンプスの曲の中で昔から最も好きな「Ain’t Too Proud To Beg」(R&Bチャートで8週間にわたってNo.1、全米No.13)とくれば、弥が上にも高揚感が増すというもの。「Get Ready」のタイトルにちなんで、メンバーたちが今まさに身支度を整えてステージに出て行こうとする直前の姿を写したジャケ写もお洒落だ。

筆者が生まれて初めて聴いたテンプスの曲、それがこの「Get Ready」である。もちろん、リアルタイムではなく、愛聴していたFEN(現AFN)で放送されていたTHE TIME MACHINEという番組でのことだったが、確か小学校の低学年の頃だったと記憶している。当時は英語の冠詞・定冠詞など解るはずもなく、勝手に曲のタイトルを「Get Lady」だと思い込んでしまっていた。“r”と“l”の発音の区別がつかなかったからである。仮に筆者が勘違いしたように“女性をつかまえる”内容の曲だとしたら、タイトルは「Get A Lady」もしくは相手がお目当ての女性なら「Get The Lady」でなければならない。そのことにようやく思い当たったのは、英会話塾に通い始めた小学校6年生の時だった。この「Get Ready」が筆者に英語の冠詞・定冠詞を教えてくれたようなものである。

(a)は“out of sight=great, brilliant, wonderful, beautiful…etc.”をつなげて発音したものがそのままスペルになったもので、スラングの一種。辞書では“sight”の項目にイディオムとして載っている。例えば“Get out of here!(冗談はよせ、いい加減なことを言うな)”が“Get outta here!”と聞こえるように。(a)は相手の女性を指して言っているので、「君は素敵な女性だ」という意味。洋楽ナンバーでは、ひとつひとつの単語を切り離して“out of sight”と歌うよりも“outta sight”と歌っているように聞こえる場合が多い。

そしてこの曲を初めて耳にした子供の頃から謎だったのが(b)。これはずっと後になってからアメリカ人の友人が教えてくれたのだが、誰もが一度は読んだことのある民話『ジャックと豆の木(Jack And The Beanstalk)』の中に出てくるセリフで、「ほーらほら(君の背後から僕が近付いて行くよ)」という意味だという。また、R&B兄弟デュオのK-Ci & JoJoのアルバム『IT’S REAL』(1999)には、そのものズバリの「Fee Fie Foe Fum」という曲が収録されている。「Get Ready」の曲の主人公は、女性のもとへ駆け付けようとしているのだから、彼女をビックリさせたい反面、「僕が急に背後から近付いても驚かないでよ」という気持ちも抱いているのでは、と勝手に想像してみた。そのことが表れているのが、タイトルにもなっている(c)である。

“get ready”は「身支度を整える、準備をする」という意味だが、この曲では、主人公の男性が相手の女性に向かって「僕が君のところへ行くまでにお洒落をして待っていてくれよ」と歌っているわけではない。曲の要旨でも意訳したように「心の準備をしていてくれ」と歌っているのである。更に意訳するなら「ビックリしないでよ」となるだろうか。それにしてもストレートな愛情表現の曲である。当時、テンプスはアイドル・グループで、とりわけデイヴィッドとエディが人気を二分していたが、エディはモータウン所属の女性シンガーたちにもモテモテで、モータウン主催のパーティが開催されると、女性シンガーたちが我先にとエディとダンスを踊りたがったものだ、というエピソードをモータウン関連の洋書で読んだ憶えがある。エディはモータウン所属男性アーティストの中で王子様のような存在だった、と証言していたレーベルメイトの女性シンガーもいた。その王子様が「今から君のもとへ行くからね」と歌っているのだから、当時、女性ファンたちはそれこそ飛び上がるような気持ちでこの曲を聴いていたことだろう。

エディが生きていれば昨日は74歳の誕生日。きっとダンディで王子様がそのままおじいちゃんになったような素敵な年齢の重ね方をしていたと思う。改めてR.I.P.

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 12月 18日