地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第286回 田中宣廣さん: 「ケロ」

筆者:
2013年12月28日

東北弁の要求の表現に「―ケロ」というのがあります。「ムリナゴド イワネーデケロ」(無理なことを言わないでくれ)などと使います。この語法は,東北地方各地において方言の拡張活用にも数多く認められます。今回は,「―ケロ」を使った例を紹介します。

実例の前に,「―ケロ」についてことばの説明をしておきます。もとは「―クレロ」です。それが,この地方の音韻の特徴である有声音(喉の声帯を振動させて発する言語音)の無声化(有声音と同じ口の構えのまま声帯の振動なしに発するようにする)により,変化していきました。「-kurero」から「u」と「r」が無声化します。△で無声化を表しますと,「-ku△r△ero」となります。無声化した「u」と「r」は弱くなり,さらに脱落します。それで「-kero」となったものです。このように,方言の拡張活用の理解には,音声観察も重要なのです。なお,子音「r」の無声化は,他の地方にあまりみられない特徴です。では,例をみていきます。

【写真1】きてけろくん
【写真1】きてけろくん
【写真2】Midekero みでけろ
【写真2】Midekero みでけろ
【写真3】食べでけろ
【写真3】食べでけろ
【写真4】あそびに来てけろ
【写真4】あそびに来てけろ
【写真5】きて見てさわってけれ
【写真5】きて見てさわってけれ

1例目は,今年の山形県の観光キャンペーン『山形デスティネーションキャンペーン』で使われた方言キャラクター「きてけろくん」【写真1】です。形は,山形県の地図を元に図案化されています。形の由来については,地元の人の説明により知ることができました。

2例目も,山形県の例です。フリーペーパーの方言ネーミング「Midekero みでけろ」【写真2】です。タイトルは,以前は,ローマ字がメインでしたが,今年になってひらがながメインになりました。山形県出身の有名人や山形県にゆかりのある人を表紙にして,若い人たちの気持ちを引きつける努力をしています。

3例目は,岩手県の例です。釜石市の大型商店の方言メッセージ「おらほの野菜も食べでけろ」(私たちの野菜も食べてくれ)【写真3】です。「―も」としているのは,このコーナーは,大型商店の野菜コーナーのほかに,近隣の農家が生産者の名前入りで直接出品しているところだからです。

4例目は,岩手県の例でも,青森県で出されているものです。青森駅の方言メッセージで「いわてさあそびに来てけろ♪」【写真4】です。岩手県の観光キャラクター「わんこ兄弟(もちっち)」が誘っています。

なお,「―ケロ」には変異形も多く,「―ケレ」「―ケデ」などあります。拡張活用例も多数です。秋田県の例を一例紹介します。第41回角館町樺細工伝統工芸展の方言メッセージ「きて見てさわってけれ」【写真5】です。

「―けろ」の例,皆さん,他にも教えてけろ。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。