タイプライターに魅せられた男たち・第113回

ジェームズ・デンスモア(6)

筆者:
2014年1月9日

コリー・マシン社でヨストの特許を3つ(United States Patents Nos.81241, 81569, and 82782)成立させる間にも、デンスモアは、ショールズたちの「The American Type Writer」の売り込み先を、あちこち探してまわりました。シカゴでは、電信学校を経営するポーター(Edward Payson Porter)という人物が、「The American Type Writer」に非常に興味を示しました。ポーターの電信学校では、モールス電信機による送受信に加えて、ペンによる書き取り技術を授業科目に含めていました。モールス符号の電信速度は平均的なオペレーターで1分間30ワード、つまり1分間に150字程度です。これをペンで書き取ろうとすると、通常の筆記速度に比べて、かなり速いスピードでの書き取りが必要となります。しかし、ペンによる書き取り技術は向上が難しく、モールス受信において、生徒たちの足かせとなっていました。

デンスモアは「The American Type Writer」を売り込むにあたり、手書きよりも遥かに速く文字を打つことができる、とポーターに持ちかけました。「The American Type Writer」を使えば、ペンによる書き取り技術を訓練する必要すら、なくなるというのです。デンスモアがポーターのもとに持ち込んだ試作機には、ピアノに似たキーがわずか11個しかなかったのですが、「The American Type Writer」にはもっと多くのキーがあって、モールス符号の受信に困ることはない、とデンスモアは話したのです。ただ、それは実は、デンスモアにとって賭けでした。この時点でショールズたちは、26キー以上の「The American Type Writer」を完全に動作させていたわけではなかったのです。

それでもポーターは、「The American Type Writer」の購入を、デンスモアに約束しました。もちろんそれは、ポーターにとっても賭けだったのですが、電信学校の経営者としてポーターは、シカゴの他の電信学校とは違う新しい何かを必要としていたのです。「The American Type Writer」は、その新しい何かになりうるし、あるいは、モールス受信というものを根本から変えてしまう可能性すらある、とポーターは考えたのです。

ポーター電信学校の新聞広告(1868年11月21日)

ポーター電信学校の新聞広告(1868年11月21日)

デンスモアは、ポーター電信学校との契約をショールズたちに伝えると、いったん、ヨストの待つコリーへと戻ることにしました。コリー・マシン社での特許取得と、それに伴う数々の手続が、デンスモアを待っていたからです。そんな中、1868年11月には「The American Type Writer」がポーター電信学校に納入され、ポーター電信学校では「The American Type Writer」を使った授業が始まったようでした。

ジェームズ・デンスモア(7)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。