歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第113回 Last Train To London(1979/全米No.39,全英No.8)/ エレクトリック・ライト・オーケストラ(1970-1983)

2014年1月22日
ELP「Last Train To London」(日本盤シングル)

●歌詞はこちら
//www.metrolyrics.com/last-train-to-london-lyrics-electric-light-orchestra.html

曲のエピソード

エレクトリック・ライト・オーケストラ、略してELOは、イギリスはバーミンガムで結成されたロック・バンド。とは言え、ロックというジャンルに留まらない多面的な音楽を展開し、様々な音楽ジャンルのファンに愛された。いったん解散した後も不定期に再結成されているのもそのためであろう。オリヴィア・ニュートン=ジョンとの共演曲「Xanadu」(1980/全米No.8)で初めて彼らのことを知った、という向きも少なくないだろう。

筆者が最も熱心にFEN(現AFN)を聴いたのは10代後半から20代前半だが、ELOの最高傑作と言っても過言ではないアルバム『DISCOVERY』(1979)がリリースされたのは、高校時代だった。当時はR&B/ソウル・ミュージックに限らず、曲を聴いて「おっ!」と思ったものはジャンルを問わずに買って聴いていた。同アルバムからの1stシングル「Shine A Little Love」(全米No.8)をFENで初めて耳にした翌日、学校帰りに八戸市内の行きつけのレコード店で同曲が収録された輸入盤LPを購入したことを昨日のことのように思い出す。ところが、本連載で何度か述べているように、実家を出る際にR&B/ソウル・ミュージック以外のレコードはほとんど手放してしまったため、ELOのその傑作もその憂き目(?)に遭ってしまった。手放したことをあそこまで後悔したアルバムも珍しい。ところが、ひょんなことから『DISCOVERY』は筆者の手許に舞い戻ってきたのである。本連載に幾度となく登場している音楽仲間でもある主治医が、1979年当時に買ったという日本盤LPをプレゼントしてくれたのだった! マスターテープから直接落とした音源と思しきその音のカッティング・レヴェルは素晴らしく、輸入盤と較べても全く遜色がない。それどころか、筆者は同アルバムを聴きながら一気に高校時代にタイム・トリップしてしまった。

今回、採り上げた「Last Train To London(邦題:ロンドン行き最終列車)」は、もともとはELOの本国では『DISCOVERY』からの2ndシングル「Confusion」(全米No.37/AORファンの間での支持率高し)との両A面扱いシングルだったのだが、アメリカでは何故だか切り離されてリリースされた。同アルバムからの最大ヒット曲は「Don’t Bring Me Down」(全米No.4/ゴールド・ディスク認定)だが、筆者の耳を最も捉えたのは「ロンドン行き最終列車」であった。イントロからして胸が高鳴る高揚感といい、純粋な男性の恋心といい、聴きどころ満載だからである。そして何よりも、思わず辞書を引きたくなってしまうイディオムや単語が満載なところに心を惹かれてしまう。しかも――ロンドン行きの終電が午後10時前?!(冒頭で「時間は9時29分だった」と歌われている。そこにまずは驚かされた)そのフレーズから、曲の主人公の男性はロンドン市民(であり、目指す恋人が住む街がロンドン以外であることが判る。高校生の筆者にとっては様々な発見のあるラヴ・ソングであり、今なお忘れられない臨場感あふれるサウンド+歌詞を持つ洋楽ナンバーのひとつだ。

曲の要旨

都会の時間を指す時計は夜9時29分。街中に音楽が流れていてとってもいい気分だったよ。いつもと変わらない夜だったけれど、あの時ばかりは“時よ止まれ”って思ったね。本当はロンドン行きの最終列車に飛び乗って家に帰らなきゃいけないんだけど、音楽が溢れる夜の街にいる君を残して帰りたくはなかったよ。今宵がどうかいつまでも終わりませんように、って祈るような気持ちだったのさ。それほど僕は君と一緒にいたい。今夜は思いっ切り音楽を鳴り響かせよう。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

I Will Survive/グロリア・ゲイナー
Tragedy/ビージーズ
Good Times/シック
Sad Eyes/ロバート・ジョン
Pop Muzik/M

Last Train To Londonのキーワード&フレーズ

(a) it feels so right
(b) last
(c) the fire

ELOは不思議なグループである。ある人は“UKロック・バンド”といい、ある人は――とりわけ『DISCOVERY』のみを聴いたことのある人――は“ディスコ・バンド”と呼ぶ。しかしながら、筆者に言わせれば彼らはノン・ジャンルである。初期の作品と『DISCOVERY』を聴き較べてみると、そのことがより判然とすると思う。もっと踏み込んで言えば、『DISCOVERY』はELOの作品群の中でも特異であり、彼らの熱狂的なファンならずとも、当時LPやカセット・テープを買って持っている人が少なくなかったと記憶している。かくいう筆者も思わずLPを購入してしまったひとりであり、その日から飽かず毎晩のように愛聴していた。何しろどの曲も驚くほど完成度が高く、また、ひとつひとつに物語性があるため(いわゆる“コンセプト・アルバム”の部類に入る)、1曲たりとも飛ばして聴く気にはなれない。そうしたアルバムには滅多にお目に掛かれないので、本来ならば手放すべきではなかったのだろうが、若気の至り(?)でうっかり『DISCOVERY』に別れを告げたことを後々まで後悔した。日本盤LPをプレゼントしてくれた主治医に、この場を借りて厚くお礼を言いたい(それにしても同い年、ってだけでこんなに音楽の話が合うなんて!)。

(a)は洋楽愛好家ならば必ずいずれかの曲でお目に掛かる言い回しのひとつで、以下も同じ意味。

♪It feels right
♪It feels alright
♪It feels good

…などなど。いずれも日本語にはなりにくい表現だが、つまるところ“気分が高揚している=最高の気分”という意味。時には主語の“It”が省略されて“Feels (Felt)(so) good”と表現されていることもある。

筆者がこの曲で憶えた単語のひとつに(b)がある。日本人は“ラスト=終わり”という感覚を覚えるが、(b)には動詞で“永遠に続く”という意味があり、例えば次のような使い方をする。

♪Our love will last forever
♪It’s gonna last forever

もちろん、これらは「永遠に終わる(だろう)」という意味ではなく、「いつまでも続く、いつまでも終わらない」という意味。(b)が用いられているフレーズでは、「今宵がいつまでも続けばいいのに」と歌われており、高校時代に筆者は思わず“last”を辞書で引いて調べた記憶がある。日本語でいうところの「これでラスト(=終わり)だからねー!」の“last”とは意味が真逆だということに気付かされて、それこそ目からウロコ状態だった。今でも(b)を含むフレーズを聴くと、その時のことがありありと脳裏に思い浮かぶ。たったひとつの動詞だが、洋楽ナンバーで「ん?」と不思議に思った言葉を改めて辞書で調べてみると様々な発見がある、ということを思い知らされた次第である。

英語と日本語には共通する表現が多々ある。諺は言うに及ばず、例えば比喩にしても酷似しているものが多い。(c)もそのうちのひとつで、ここでは敢えて意訳するなら「恋の炎、心の中に芽生えた熱い炎」といったところか。(c)を含むフレーズを直訳すると「君が炎が燃えていると感じる時」となるが、それでは火事場の野次馬になってしまう(苦笑)。ここはどう考えても「高揚する気分、熱い気持ち」であり、すなわちそれはある種の興奮状態を表す。日本語でも「(心が)燃えてるか?」みたいな言い方をするが、(c)の“fire”はまさにその「熱い気持ち」を指している。英語と日本語の比喩で似たようなものに出くわすと、思わずニマニマしてしまうのは筆者だけではないだろう。

それにしても、だ。ELOの演奏技術の高さも然ることながら、ヴォーカル・アレンジ、歌詞の緻密さには本当に唸らされる。子供の頃からR&B/ソウル・ミュージックを愛聴してきた筆者でさえ、たった一度FENで曲を耳にしただけで、思わずその場でアーティスト名と曲名をメモに取り、その翌日にLPを買ってしまったほどなのだから。当時、『DISCOVERY』からのシングル・カット曲はほぼ全て日本盤シングルとしてリリースされていたのだが、残念ながら、筆者はLPを買っただけで満足してしまい、行きつけのレコード店でそれらを目にすることがたびたびあっても、購買意欲をそそられなかった。シングル盤をコレクションしている今となっては、じつに惜しいことをしたと後悔しきり。そして中古レコード屋さんに行くたびに、ELOの日本盤シングルをせっせと探してしまうのである。特にこの「ロンドン行き最終列車」だけはいつか必ず入手してやる、と心に誓いつつ。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。