地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第299回 山下暁美さん:“Gafas(メガネ)”は鼻の上にある?

筆者:
2014年4月5日

「メガネを探していたら、鼻の上にあった」というとぼけた話があります。鼻にひかかっているということに由来する言い方がスペイン語で“gafas”です。“gafa”には物をひっかけるかぎの意味があります。日本に現存する最古のめがねも16世紀の物とされ鼻にのせるタイプです。国内での使用例は、秋田のメガネ屋さん“Palacio de Gafas(パラシオ・デ・ガファス「メガネの館」)”があります。店長の伊藤健さんの話によると1997年開店のとき、店の名前を決めるにあたっていろいろな言語で「メガネ」を意味することばを並べてみて、直感で一番気に入ったのがGafasだったそうです。

ところでスペイン語で「メガネ」を意味することばは大まかに4つあります。“gafas(ガファス)”、“anteojos(アンテオホス)”、“lentes(レンテス)”、“espejuelos(エスペフエロス)”です。“anteojos”は“ante(まえ)”と“ojos(眼球)”で、目の前にあるものという意味です。

もともとレンズは、太陽の光を集めて火をおこす道具として使われていました。レンズという名前は、レンズ豆という小さな豆の形に似ていることから付けられたと言われています。紀元前8世紀ごろに物を拡大して見ることに使われるようになりましたが、“lentes(レンテス)”も、つるにはめこまれているレンズが物を拡大するだけでなく、意味も拡大してメガネを指すようになりました。“espejuelos”は“espejo(鏡)”と語源を同じくするものと思われます。

【写真2】
【図1】“lentes(緑)” “gafas(赤)”“anteojos(青)”“espejuelos(橙)”の推移

Google books Ngram Viewer で “lentes”、“gafas”、“anteojos”、“espejuelos”の1800年から2000年までの推移を見てみますと1800年の頃にはレンズやメガネの普及とあいまって“lentes”が優位でした。ついで多かったのは“anteojos”です。ところが1990年以降“gafas”が“lentes”についで優勢です。“lentes”がトップである理由は、「メガネ」のほかに「レンズ」そのものを指す場合にも用いられるからです。

【図2】
【図2】
【図3】
【図3】

Google books Ngram Viewerの結果を裏付ける図があります。【図2】と【図3】をご覧ください。“gafas”と“anteojos”を比べると、かつてスペインで使われていた“anteojos”は“gafas”に地位を譲っています。言語地図の赤○は「使っている」、青○は「使わない」、黄色は「準備中」です。移民たちが持ち込んだ古い形の“anteojos”が中南米に残っていることがわかります。(言語地図はA.Ruiz Tinoco2002-2014 VARILEXによるものです。)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。