« 日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第57回 犯罪者の隠語について - It Never Rains In Southern California(1972/全米No.5)/アルバート・ハモンド(1944-) »

三省堂辞書の歩み 袖珍英和辞典・袖珍和英辞典

2014年 4月 9日 水曜日 筆者: 境田 稔信

三省堂辞書の歩み 第27回

袖珍英和辞典

skid27_f_s.jpg26_a_s.png
上左:【袖珍英和辞典】初版(奥付欠損)
上右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)
skid27_r_s.jpg26_a_s.png
上左:【袖珍英和辞典】改訂55版(大正9年)
上右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

(初版)大正6年(1917)11月10日刊行
神田乃武、金沢久共編/本文890頁/B7判変形(縦111mm)
(改訂版)大正9年(1920)9月1日刊行
神田乃武、金沢久共編/本文1013頁/B7判変形(縦112mm)

 本書の英語での書名は、SANSEIDO’S VEST-POCKET ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY。VEST-POCKETは「チョッキのポケットに入るほどの大きさ」ということ。三省堂が出版を開始した当初の辞典よりは大きめのサイズだが、明治38年刊行の『袖珍新式日英辞典』以来、久しぶりの小型サイズとなる。さらに英和辞典では、明治27年の『英和新辞林』以来だから、23年ぶりである。

 改訂版は全面的に活字を組み直しているものの、奥付の版数は初版から続いているため、大正9年の50版が最初のものとなる。初版の定価は85銭、改訂版は1円80銭。表紙は総革で、天金が施された豪華な装丁である。

 本書は、学生やビジネスマンを対象に、簡潔さを旨として編集された。見出しにはウェブスター式の発音記号を表示し、語釈はカタカナ交じり文といった従来の方式を踏襲。また、拗音・促音には小書き仮名を使用している。

 編者の神田乃武(1857~1923)は、明治24年の『和英袖珍新字彙』以来、三省堂のみならず英語の教科書や辞書ではお馴染みの人物。明治4年(1871)に渡米してアマースト大学に学び、同12年帰国後、大学予備門の英語講師を経て、同20年東京帝国大学文科大学教授、同26年東京高等師範学校教授、同32年東京外国語学校初代校長、同35年学習院教授、同45年東京高等商業学校(のちの東京商科大学、現在の一橋大学)教授。夏目漱石も教え子のひとりだった。

 一方、金沢久(1866~1925)は、これが最初の英語辞書である。明治30年イギリスに留学後、国民英学会で教え、東京高等師範学校、山口高等商業学校、女子学習院で教授を務めた。

 なお、同名の『袖珍英和辞典』『袖珍和英辞典』を、すでに有朋堂書店が大正3年から刊行していた。それを十分に意識しての出版だったはずである。

●最終項目

(初版)zythum, n. 一種ノ麦酒.
(改訂版)zythum (or zethoom), n. 一種ノ麦酒.

●「猫」の項目

(初版)cat, n. 猫;一種ノ荷船;【航】錨ヲ吊錨架ニ引上グル滑車;六脚器[イカニ置クモ常ニ三脚ニテ立ツモノ];九条鞭.
(改訂版)cat, n. 猫;一種ノ荷船;〔航〕錨ヲ吊錨架ニ引上グル滑車;六脚器[イカニ置クモ常ニ三脚ニテ立ツモノ];九条鞭.──,vt. 吊錨架ニ引上グ[錨ヲ].

●「犬」の項目

(初版)dog, n. 犬;牡犬;牡[狐ナドノ];外道,奴;道楽者;【天】大犬座又子犬座;ムマ,ゴトク;鉄鉤,鉄架,鉤索,摑子.a dog in the manger. 意地悪者,人ノ邪魔ヲナス人.──,vt. 追ヒ猟ル;附纏フ,尾行ス.
(改訂版)dog, n. 犬;牡犬;牡[狐ナドノ];外道,奴;道楽者;〔天〕[D-]大犬座又子犬座;薪架(ウマ),ゴトク;鉄鉤,鉄架,鉤索,摑子.a dog in the manger. 意地悪者,人ノ邪魔ヲナス人.─ a dog’s age. 長期間.──,vt. 追ヒ猟ル;附纏フ,尾行ス,…ニ鈎ヲ打込ム.

*

袖珍和英辞典

大正8年(1919)10月3日刊行
神田乃武、石川林四郎編/本文1095頁/B7判変形(縦111mm)

skid27_n_s.jpg26_a_s.png
上左:【袖珍和英辞典】13版(大正8年)
上右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)
 本書は『袖珍英和辞典』の姉妹編として刊行された小型辞典。三省堂では明治42年の『新訳和英辞典』以来、10年ぶりの和英辞典である。当初の定価は1円50銭だったが、翌月のうちに1円80銭へ変更されている。
 最大の特色は、「犬」の項目に見られるように「犬……」「……犬」といった言葉をひとまとめにして、引きやすさのための工夫をしたことである。たとえば、「ichi 一」の親項目には「第一」「一から十まで」「一も二もなく」「一か八かやって見る」「一二を争ふ」「一一」「一番」……と69もの子項目が並ぶ。そして、「ikk- 一-」「ipp- 一-」「iss- 一-」「itt- 一-」の親項目もあり、それぞれに「一家」「一杯」「一切」「一体」などの子項目が集められているのだった。
 編者の石川林四郎(1879~1939)は、これが最初の辞書である。東京帝国大学英文科を卒業後、東京高等師範学校講師、六高教授、東京高師教授を経て、昭和4年東京文理科大学教授。本書の編纂後、大正8年から2年間、英米へ留学した。

●最終項目

zūzūshiiづうづうしい, a. Impudent; audacious, shameless; brass-visaged.

●「猫」の項目

neko 猫, n. a cat; a puss〘愛し呼ぶ語〙.
猫も杓子も,one and all; everybody; every man Jack.
猫被り,a hypocrite; a wolf in sheep’s clothing.

●「犬」の項目

inu 犬,n. ①a dog; a bitch (雌); a pup(py) (仔); a hound (猟犬); a bow-wow〘小児語〙.②[間諜]a spy; a secret emissary.
 犬張子,a papier-mache dog.
 犬小屋,a kennel.
 犬走(堡塁の),a berm; a berme; a scarcement; a banquette.
 野良犬,a cur.
 犬殺,a dog-killer.
 犬死する,to die a useless death; die to no purpose.
 犬もあるけば棒にあたる Every dog has his day.
 あの二人は犬と猿のやうだ They agree like cats and dogs.

*

◆辞書の本文をご覧になる方は

袖珍英和辞典:
近代デジタルライブラリー『袖珍英和辞典』(改訂版)のページへ
(※リンク先は大正11年刊行の81版)

*

◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「三省堂辞書の歩み」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

境田稔信(さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

*

【編集部から】

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。

2014年 4月 9日