タイプライターに魅せられた男たち・第126回

ジェームズ・デンスモア(19)

筆者:
2014年4月10日

1874年12月28日、デンスモアはタイプ・ライター社(The Type Writer Company)を設立しました。ただし、書類上の設立者は、デンスモアの弟エイモスとエメットで、デンスモアとヨストは、出資者すなわちタイプ・ライター社の株主でした。デンスモアは、タイプ・ライター社の売り上げやキャピタルゲインの一部を、弟たちにも配分できるようにしたのです。タイプ・ライター社は、タイプライターの特許権管理をおこなうための会社で、デンスモアは、これまでデンスモア個人が管理してきたタイプライター関連特許を、全てタイプ・ライター社に移譲しました。

ヨストはさらに、タイプライターのショールームをマンハッタンのブロードウェイに開設し、そこでタイプライターの販売もおこなうという計画を、デンスモアに提案しました。ブロードウェイのショールームというのは、確かに魅力的な計画ですが、かなりの費用もかかります。タイプ・ライター社のキャピタルゲインだけでは、まかなえそうにありません。別の出資者が必要です。

ヨストは、文筆講演家のロック(David Ross Locke,別名Petroleum Vesuvius Nasby)と、広告代理業のベイツ(James Hale Bates)を共同出資者として招き入れ、ロック・ヨスト&ベイツ社を設立しました。デンスモアは、マンハッタンの西56丁目にアパートを借りて、タイプ・ライター社とロック・ヨスト&ベイツ社の実務を取り仕切りました。これに加え、ブロードウェイ707番地の一角に、タイプライターのショールームを開設しました。

1875年11月1日、デンスモアとヨストとレミントンは、新たな契約を結びました。それまでの契約上、デンスモア個人が独占していたタイプライターの特許権や販売権は、特許権についてはタイプ・ライター社に、販売権についてはロック・ヨスト&ベイツ社に、それぞれ正式に移されることになりました。これを受けてロック・ヨスト&ベイツ社は、いくつかの雑誌に「Sholes & Glidden Type-Writer」の一面広告を打ちました。ロック・ヨスト&ベイツ社にとってラッキーなことに、レミントンが生産するタイプライターには、どこにも「Sholes & Glidden Type-Writer」のブランド名が記されていなかったのです。デンスモアとヨストたちは、ショールズやグリデンに憚ることなく、このタイプライターを「The Type-Writer」として宣伝していきました。

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ロック・ヨスト&ベイツ社のタイプライター宣伝広告(The Nation, 1875年12月16日)

ジェームズ・デンスモア(20)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。