歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第123回 Love Train(1972/全米No.1,全英No.9)/ オージェイズ(1958-)

2014年4月30日
オージェイズ「Love Train」日本盤シングル

●歌詞はこちら
//www.metrolyrics.com/love-train-lyrics-the-ojays.html

曲のエピソード

1958年の結成以来、長きにわたって活動を続けているR&Bヴォーカル・グループのオージェイズ。幾度かのメンバー・チェンジはあったものの(オリジナル・メンバーのひとりだったウィリアム・パウエルは1977年に35歳の若さで亡くなっている)、男性ヴォーカル・グループの浮き沈みが激しいR&B界において、今なお現役で活躍していることに敬意を表したい。筆者はバブル期に彼らの来日公演を観たのだが、迫力満点のステージは今も記憶の底にある。

今年はマーティン・ルーサー・キング・Jr. 牧師のかの有名なスピーチ“I Have A Dream”からちょうど50年目の年にあたる。今夏、恐らくアメリカでは大々的な式典や催しが行われることだろう。願わくは、それらの行事にオージェイズを招聘してこの「Love Train」をパフォーマンスして欲しいものだ。というのも、キング牧師が暗殺され、1970年代に突入してからは、メッセージ性の強いR&Bソングが1960年代が遠ざかるにつれて減っていってしまったからだ。そのような世代に、この曲の登場は衝撃的だった。何しろ、世界中の人々に向けて“友愛”を呼び掛けているのだから。もはやキング牧師が唱えたアメリカにおける人種差別撤廃を超越した感さえある歌詞である。

オージェイズはフィラデルフィア・ソウルの代表的グループとして語られることが多いが、じつは彼らはオハイオ州出身である。これは人口に広く膾炙しているエピソードだが、彼らの一風変わったグループ名は、地元のラジオ局で彼らを応援していたDJの名前に由来する。そして今でも同じグループ名を名乗りながら活動しているのだ。もちろん、今でもこの「Love Train」は彼らのライヴには不可欠だろう。フィラデルフィア・ソウルの仕掛人であるソングライター/プロデューサー・コンビのギャンブル&ハフの手腕が光る傑作である。この曲に綴られたメッセージは、今なお色褪せていない。逆説的に言えば、未だに世界中で異人種間の軋轢がなくなっていない、ということだ。ちなみに、R&Bチャートでは4週間にわたってNo.1の座を守った。

曲の要旨

世界中の人々よ、共に手を携えて友愛と言う名の列車を走らせよう。この列車が出発することを、ロシアや中国の人々にも伝えてやってくれ。さぁ、みんなで一緒にこの列車に乗ろう。友愛列車に乗るには、お金も切符も要らないんだよ。だから世界中の誰でも乗れるのさ。アフリカ、エジプト、イスラエルに住む同胞たちも乗り込んでくれ。この列車に乗り損ねたらきっと後悔するよ。

1972年の主な出来事

アメリカ: 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。
日本: 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。
  田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。
世界: 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。

1972年の主なヒット曲

Without You/ネルソン
A Horse With No Name/アメリカ
Oh Girl/シャイ・ライツ
Black & White/スリー・ドッグ・ナイト
I Can See Clearly Now/ジョニー・ナッシュ

Love Trainのキーワード&フレーズ

(a) love train
(b) don’t need no ticket
(c) ain’t no war

最近また世界中のあちらこちらで異人種間の差別問題が起きている。個人的には、人間がこの世に存在する限り、この問題は決して根絶しないと思っているのだが、それにしてもNBAのクリッパーズのオーナーが発した人種差別発言には唖然とさせられた。また、過日、某新聞の一面記事は各方面で非難を浴びている“Japanese Only”の横断幕や店頭の張り紙についてであった。それらのニュースに接しているうちに、ふと頭に浮かんだのがこの曲である。

オージェイズは若い頃から大好きなヴォーカル・グループで、とりわけこの「Love Train」を初めて聴いた時には心に響いたものだ。余談だが、“Israel”の正しい発音もこの曲で覚えた(苦笑)。この曲がリリースされたのは1972年12月で、チャート・インを果たしたのは翌年1月になってからだが、今回は敢えてリリース年の曲として捉えた。と言うのも、“主な出来事”に記したように、アメリカ国内はウォーターゲート事件(加えてヴェトナム戦争)で騒然としており、社会全体が不穏な空気に包まれていた年だから。そんな中、人種も国境も超越して“Love trainに一緒に乗ろう”と世界中の人々に呼び掛けるこの曲がリリースされた意義は大変に重いと筆者は考える。しかも、歌詞の中にアメリカと長期にわたって冷戦状態にあった旧ソ連(歌詞では“Russia”となっている)の国名まで登場していることに、当時の筆者は驚きを禁じ得なかった。

タイトルでもある(a)を直訳するなら「愛の列車」だろうが、この場合の“love”は「友愛」もしくは「博愛」に近い意味合いである。血のつながりこそないとは言え、「兄弟愛」と言い換えてもいいのではないだろうか。オージェイズがアメリカの人気音楽番組“SOUL TRAIN”に出演した際、大半のアーティストは口パクでパフォーマンスするのだが、筆者は彼らが“生で”歌っている映像が未だに忘れられない。もちろんこの「Love Train」もパフォーマンスされたのだが、彼らは♪Love train … の箇所を♪Soul train … に変えて歌っていた。粋な計らいである。

(b)は本コラムで幾度となく採り上げている二重否定=否定の強調で、その前のフレーズにも♪you don’t need no money … とある。つまり、「友愛列車に乗るには“何も”必要ない=自由に乗れる」、ということを強調しているのだ。“any”の代わりに“no”を用いて二重否定=否定を強調することによって、この曲のメッセージ性がより一層、高まっているような気がする。

そして再び二重否定=否定の強調の(c)である。「人間がこの世に存在する限り、戦争はなくならない」、と人は言う。そして今なお世界中のどこかしらで戦争が実際に繰り広げられているのだ。(c)は唐突に登場するフレーズで、書き換えるなら次のようになるだろうか。

♪We don’t need to fight any more.
♪We need peace, not a war.

いずれにしても、(c)のフレーズには「戦争はもうたくさんだ」という強い願望が込められているとしか思えない。この曲がリリースされた1972年にヴェトナム戦争が泥沼化していたことを考えれば、(c)はそのことを踏まえてのフレーズだろう。

この曲がリリースされてから、早や40年余り。オージェイズの面々は、その時その時によって、世相を鑑みつつこの曲をステージでパフォーマンスしていることだろう。皮肉っぽい言い方をするなら、この曲はある種のユートピア的発想かも知れない。が、やはり人間は互いに争うよりも心を通じ合わせた方が幸せだと思うのだが……。「友愛列車」はもちろん架空の乗り物ではあるけれども、もしも実在するなら、筆者はぜひ乗ってみたい。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。