絵巻で見る 平安時代の暮らし

第24回 『源氏物語』「柏木(一)」段の「朱雀院の見舞」を読み解く

筆者:
2014年5月17日

場面:朱雀院が女三宮を見舞ったところ
場所:六条院春の町の寝殿西面
時節:光源氏48歳の春

人物:[ア]袿姿の女三宮(光源氏の正妻)、22~23歳、[イ]法衣姿の朱雀院(女三宮の父)、51歳、[ウ]立烏帽子直衣姿の准太上天皇光源氏、[エ][オ][カ][キ]裳唐衣衣装の侍女

室内:①美麗の三尺几帳 ②・③・⑥朽木形(くちきがた)の四尺几帳 ④・⑤美麗の四尺几帳 ⑦土居 ⑧几帳の足 ⑨几帳の手(横木) ⑩几帳の綻び ⑪飾り結びにした紐 ⑫野筋 ⑬引き違え式の障子 ⑭敷居 ⑮柱 ⑯檜扇 ⑰引腰 ⑱袈裟 ⑲数珠 ⑳高麗縁の畳 繧繝縁の畳 板敷 立烏帽子 御帳台 浜床 御帳台用の繧繝縁の畳 巻き上げた帷 隅に垂れる帷

はじめに 今回の「柏木(一)」から「御法」段までの八段は、詞書も含めて同一の制作者たちによる本来連続した一巻分と考えられています。この八段がどういう意図で選択されたかは興味深いところですが、まずは具体的に絵巻を見て行くことにしましょう。

絵巻の場面 最初に絵巻の場面を確認します。この場面は、薫を出産した[ア]女三宮が衰弱していることを聞いた[イ]父朱雀院が、にわかに見舞いに訪れて、[ウ]光源氏が応対しているところです。

柏木に密通されて不義の子となる薫を産んだことは光源氏の知るところです。しかし、朱雀院はその事情を知りません。また、光源氏の女三宮への愛情が薄いことを恨めしく思っていますが、そのことを口に出すことはできません。光源氏自身は女三宮への愛情が薄いことで朱雀院に対して申し訳なさを感じていますが、やはり口に出せることではありません。そして、女三宮はすでに出家を望むまでになっています。場面は、そのことを朱雀院に願うところになります。ここには、三者三様の思いがありつつ、病の女三宮が出家を願うということに涙する様子が描かれているのです。

『源氏物語』の本文 絵柄としては、『源氏物語』の次の本文を中心に描いています。

「かたはらいたき御座なれども」とて、御帳の前に御褥まゐりて入れたてまつりたまふ。宮をも、とかう人々つくろひきこえて、床の下におろしたてまつる。御几帳すこし押しやらせたまひて、(略)御目おし拭はせたまふ。宮も、いと弱げに泣いたまひて、「生くべうもおぼえはべらぬを、かくおはしまいたるついでに、尼になさせたまひてよ」と聞こえたまふ。

【訳】光源氏は「お恥ずかしい席ですけれど」と申して、御帳台の前に御褥を置いて朱雀院をお入れ申しあげなさる。女三宮をも、あれこれと女房たちが身づくろいにご奉仕して、御帳台の下におろし申しあげる。御几帳を少し押しのけなされて、(略)朱雀院は御目をおし拭いなさる。宮も、とても弱々しくお泣きになって、「生きられそうにも思われませんので、こうしてお越しになられた機会に、尼になさってくださいませ」と申しあげなさる。

物語本文はこのようになっていますが、絵巻には朱雀院に差しだされた褥(敷物)は描かれていません。逆に、几帳は一つしか語られていませんが、絵巻には過剰なほど描かれています。ここに何らかの意図があるかもしれません。几帳について見ていきましょう。

几帳とは 几帳は何回も扱っていますが、改めて確認しておきます。②の几帳をご覧ください。帳は垂らす布のことで、几は⑦土居と呼ぶ台に二本の丸柱の⑧足を立て、その上部に⑨手(横木ともいう)を渡した骨組をいいます。帳が垂れる側が表、几が見える側が裏で、こちらを使用する人に向けます。大きさは柱の高さにより「二尺几帳」「三尺几帳」「四尺几帳」(一尺は約三〇センチ)の別があり、用途が違います。手は帳の幅に少し余る長さです。布の幅(はば)を数える単位を幅(の)といいますが、一幅(ひとの)は30センチほどで、二尺几帳は二幅(ふたの)、三尺几帳は三幅(みの)ではなく四幅(よの)、四尺几帳は同じく五幅(いつの)にします。各幅は縫合しますが、四尺几帳は中央を縫わずに少しずつ開け、そこを⑩几帳の綻びといいます。縫合した帳の上部は袋縫いにして棹を通し、手に紐で結びます。袋縫いの下には紐を刺し通し、帳の両端で⑪飾り結びにして垂らします。各幅には⑫野筋と呼ぶ紐を裏で折り返し、表に二筋にして垂らします。帳は季節によって材質と文様を換え、春冬は練絹に朽木形(朽木に残る木目を図案化した文様)、夏秋は生絹に花鳥の文様を描きます。儀式用には豪勢に仕立てた華やかな美麗几帳を使用します。几帳は二本一双で使用され、二尺几帳は寝所用の枕几帳、三尺几帳は座の周囲に置くほか、外出時に顔を隠す差(さし)几帳にし、四尺几帳は主に御簾の内側に添えます。以上が概要ですので、このことを念頭において絵巻を見ていきましょう。

描かれた几帳 まず描かれた几帳の数を数えておきましょう。幾つあるでしょうか。また、種類が違っていますが、何種類あるでしょうか。答は、数は六つ、種類は二つですが、その文様が違いますので三種類とも言えます。具体的に確認してみます。

女三宮の枕許にあるのが裏にも文様がある四幅ですので①美麗の三尺几帳です。朱雀院の背後にある②③二本一双と、光源氏の前後の④⑤二本一双は五幅ですので四尺几帳になります。しかし、文様が違っていますね。②③は朽木形で、⑩几帳の綻びにもその文様が見えます。④⑤は違っていて、これは美麗几帳のようです。残った⑥几帳も朽木形文様の四尺几帳ですね。そうしますと、六本の几帳は、①美麗の三尺几帳、②③⑥朽木形の四尺几帳、④⑤美麗の四尺几帳の三種に分けられることになります。

これらの几帳は入り組むように置かれています。几帳は畳の縁などと平行に置かれるものではありませんので、これは乱れているわけではありません。しかし、先に触れましたように、三者三様の思いが、この入り組んだ几帳の配置で表現されているのかもしれません。華やかな美麗几帳が描かれつつ、それとは裏腹な女三宮の出家という悲劇が進行していきますので、光と影で物語の世界を描こうとしたのだとも言えましょう。

画面の構図 最後に画面の構図を確認して、残された室内の様子を見ておきます。画面は左右に分かれ、右側には悲しみに沈んだ裳唐衣衣装の侍女たち四人が描かれています。そして、悲しみの原因が左側の三人の様子で示されるといった構図になっています。また、右上から左下方向に斜めに傾くように描いていますので、不安定な感じを与えています。

 [エ]の侍女は廂との境にある、開いた⑬引き違え式障子の⑭敷居をまたぐようにして中を窺っています。⑮柱の横にいる[オ]の侍女は袖で目頭を押さえ、⑯檜扇を持ち、裳の⑰引腰を見せる[カ]の侍女は俯いています。[キ]の侍女は聞き耳を立てているようにも見えます。女三宮の出家の願いを知った侍女たちの様子が描き分けられているわけです。

画面の中央よりに目立つのが出家姿の[イ]朱雀院です。⑱袈裟を肩から掛け、⑲数珠を手にしていて、それが少し揺らいでいます。⑳高麗縁の畳に座りながら、重ねられた繧繝縁の畳に膝を載せているような姿勢になっていますので、思わず[ア]女三宮に身を寄せたのでしょう。そして、出家の願いを聞き、涙をぬぐったことになります。涙を押さえきれないのは板敷を前に座る[ウ]光源氏も同じで、立烏帽子がかしいでいます。

女三宮の左側に見えるのは、繧繝縁の畳に下される前にいた、ベッドの御帳台です。物語本文にあった「床の下」の床は御帳台を言います。絵巻では浜床と呼ぶ台の上に、御帳台用の繧繝縁の畳が重ねられています。御帳台には帷を四面と四隅に下げますが、画面左上角に見えるのは、巻き上げた帷の一部です。また、①三尺几帳の奥に見えるのは、隅に垂らす帷で朽木形の文様になっています。女三宮は弱々しそうに横臥し、長い髪がたわんでいます。そして、このあと、髪は削がれて尼姿になるのです。絵巻は出家する直前の女三宮を描いていたのです。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回は、女三の宮の出家を聞き、重体に陥った病床の柏木を、従兄弟で親友同士でもある夕霧が見舞う場面「柏木二」段を取り上げます。どうぞお楽しみに。

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