日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第60回 「いちいち」について

筆者:
2014年5月18日

留学生が博士論文の謝辞欄に書いた「筆者の間違いをいちいち直してくださった先生」がおかしい,これでは先生の「品」や「格」が危うくなってしまうということは前回書いた。だが,これは実は受け取り方によっては,そうおかしくはない。おかしいかおかしくないかは,受け取り方次第である。いや,受け取り方次第ではおかしくなるような文を謝辞欄に書くのはやはり問題だが,受け取り方について少し補足しておきたい。

まず確認しておきたいのは,「いちいち」が動作主の「品」や「格」に直接結びついているわけではないということである。「いちいち」は動作のやり方がいかにもうるさく,コセコセして,面倒だという「マナー」違反を表しており,だからそういうやり方をする者は「品」や「格」が高くはない,という間接的な形で「品」や「格」に結びついているに過ぎない。

したがって,そうした「マナー」違反が自由意志によるものではなく,やむを得ずおこなう義務的なものだ,という形にすれば,「品」や「格」の低下はましになる。これは,「内面排除の文脈における不適格性不問効果」として既に紹介したことでもある(補遺第47回)。たとえば次の(1)では,

(1) あの人はチームメイトの間違いをいちいち直す。

話題の人物は『イヤミな小人物』で「品」も「格」も低いという解釈が強いが,次の(2)のように,「マナー」違反が不可抗力によるものだと描けば,

(2) あの人はチームメイトの間違いをいちいち直さなければならない。

「気の毒に,ご苦労様」となって悪印象が薄まり(といっても『神』や『女神』にはそぐわない振る舞いであることに変わりはないが),「品」や「格」はさほど低くならない。

先の(1)にしても,よくよく考えてみれば,そのような解釈は不可能ではない。「チームメイトの間違いをいちいち直す」というのは,うるさくコセコセしており面倒ではあるが,チームにとっては必要な,いわば「汚れ仕事」であって,誰かがしなければならない。その汚れ仕事をあの人は進んで引き受けるのだ,という意味合いで(1)を眺め直してみれば,話題の人物の「品」や「格」はさほど低くはならない。これは,「先生がまちがいをいちいち直す」がおかしくないという受け取り方とも言える。さらに次の(3)のように,「マナー」違反を極端な,誰にとっても見過ごせないものにすると,

  (3)  あの人はチームメイトの間違いをいちいち,うるさく,ネチネチと,しつこく直す。

さすがに当人も,自分の行動が傍目にどう映っているかを意識しないでもないだろう。見栄えが悪く,自分の「品」や「格」を低く認定され,チームメイトをはじめ関係者から恨まれ疎んじられること,つまり自分にとって損になることを承知の上でやっているのだ。とすると,自己顕示や憂さ晴らしといった利己的な理由ではなく,「思うところあって」,すなわち「チームメイトのため」「チームのため」といった利他的な理由でやっているのではないか,という形で,「汚れ仕事を進んで引き受ける」解釈が若干強まる,ように私は思うのだが,(3)の素直な解釈が「イヤミ」解釈であることは動かない。「姑による嫁いびり」「先輩による後輩のしごき」「上司によるパワハラ」といった報道はあとを絶たないが,これも「汚れ仕事を進んで引き受ける」解釈(姑・先輩・上司)と,「イヤミ」解釈(嫁・後輩・部下)の衝突と言えるかもしれない。

また,(1)を次の(4)のように過去形にして「物語」らしくすると,

(4) あの人はチームメイトの間違いをいちいち直した。

「物語」としての期待が解釈に影響することもある。期待というのは「表面的にはいかにもそのような泥臭い振る舞いをしている者こそが,実は本物の『ヒーロー』なのではないか。ストーリーを追っていけばやがてチームメイトが大きく成長するなどして,そのことが明らかになるのではないか」というもので,読者がこういう期待を持てば,登場人物(あの人)の「品」や「格」を低く判断することには留保がかかる。このような『泥臭いヒーロー』については後で触れることにしたい。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。