地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第303回 日高貢一郎さん:青森県黒石市の方言による観光案内板

2014年5月24日

近年、全国各地でB級グルメが話題になっています。青森県黒石市でも、最近、「黒石やきそば」が市内の60店舗以上で提供され、またつゆをかけて食べる「つゆやきそば」も登場しています。街のあちこちにのぼりがはためき、店の案内マップも作られています。

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【写真】黒石駅前にある「案内板」
【写真】黒石駅前にある「案内板」

その黒石市の玄関口「黒石駅」は、弘前との間を約30分で結ぶ私鉄・弘南鉄道のターミナル駅ですが、その駅前に方言で書いた歓迎の案内板があり、説明文の横には小さく共通語訳も付けてあります【写真】。

よぐ来たねし、やきそばのまち黒石
えぎっとばでで右さわんつかあさいでけ
へば、「やきそばのまち案内所 じょんがらロード駅」だ
「じょんがらロード駅」さいげば、市内六十店舗以上の
やきそばの店っこしかへるし、市内の観光案内・宿っこの
紹介・お土産も売ってらはんで、なんぼでも来てけへ。
わがねことあったらなんでも聞いでけじゃ。へばこいへ。

またその下には、次のような「津軽弁」の特徴についての説明もあります(これは共通語のみで)。

津軽弁は早口な上に語尾が命令形にも取られます。
怒ってる様に聞こ(え)ますが、怒ってはいませんので
外国語と思って「ゆっくりもう一度お願いします」
と聞いて頂けないでしょうか。
シャイな津軽人、打ち解けたらもうおだてに乗る
良い人(もっけ)が多いです。
旅の思い出に一つ二つ津軽弁を覚えて頂ければと
思います。
※(え)は原文には欠落

駅に降り立つとすぐに、市内の主要ポイントを示した案内地図とこの案内板があって、地元のことばで温かく迎えられた気分を味わうことができます。

東北地方はこれまで一般に「方言コンプレックス」が強いと言われてきましたから、ひと昔前なら、いかに方言に特徴があると思っても、こういうアピールの仕方はちょっと考えにくかったろうと思われます。自分たちの「方言」に対する自信と誇りが表れ、時代による意識の変化が感じられる一例として、興味深い案内板です。

《参考》「黒石観光協会」について詳しくは、http://kuroishi.or.jp/などを参照。このホームページの中には、地元の方言について解説した「津軽弁の部屋」もあります。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。