歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

最終回 3年間を振り返って

2014年5月28日

約3年間にわたって連載してきた本コラム。第1回目に採り上げた曲は、忘れもしない、敬愛するマーヴィン・ゲイのヴェトナム戦争への反戦歌「What’s Going On」(1971/全米No.2)であった。日本でリリースされた当初の邦題を「愛のゆくえ」といった。今はカタカナ起こしのそれに変わっている。第1回目に同曲を採り上げた動機はふたつある。ひとつは、2011年3月11日に東日本大震災が起きたこと。今ひとつは、2011年がアルバム『WHAT’S GOING ON』のリリースからちょうど40周年を迎えた年だったからだ。同アルバムは全曲がメッセージ・ソングである。マーヴィンお得意のラヴ・ソングが1曲たりとも収録されていない。ここで告白してしまえば、若い頃はアルバム『WHAT’S GOING ON』の意図するところをほんのわずかしか理解できていなかった。そのことの悔恨を少しでも払拭したいと思い、第1回目に「What’s Going On」を採り上げた。

本連載を続けていくうちに気付いたのは、自分の記憶にある洋楽ナンバーが決してR&B/ソウル・ミュージック、ラップ・ミュージックだけではなかった、ということ。中学時代には数人ではあるが同級生にロック好きの友人もいたし、高校時代にはバンドを組んでいた洋楽愛好家の友人もいた。大学時代は主にロック・ファンの友人が多く、スティングやデイヴィッド・ボウイ、スコーピオンズといったアーティストのいわゆる“追っかけ”の友人もいたと記憶する。そうした友人と交流する遥か以前から――幼稚園児の時から――FEN(現AFN)を聴いていた筆者は、R&B専門番組はもちろんのこと、全米TOP40が殊の外、楽しみであった。最近、同番組のDJを務めていたCasey Kasem氏が行方不明、との報道が流れたが、そのニュースに接した時、彼の臨機応変な声音――楽しい曲をかける際の溌剌とした張りのある声、リスナーからのセンチメンタルな内容の手紙を読んだ後にリクエスト曲をかける際の悲しげな声など――が一瞬にして脳裏に浮かんだものである。全米TOP40があったからこそ、筆者の記憶には様々なジャンルの洋楽ナンバーが刻まれてきた。本コラムで採り上げた曲の大半は、FENで初めて耳にしたものである。今はただ、Kasem氏の無事をひたすら祈りたい。

今から思えば、あの曲も採り上げれば良かった、これも採り上げるはずだったのに忘れていた、など、様々な思いが胸の内を交錯する。読者の方々の中には、「どうしてこのアーティストの曲がこれなんだろう?」と不思議に思われる回もあったに違いないが、そこはひとつ、筆者の思い出も少々加味された曲としてどうかご容赦願いたい。もちろん、直球勝負(苦笑)の曲もいくつか取り上げたが、時には変化球も投げたつもりである。個人的な感想を述べるなら、ブームタウン・ラッツの「I Don’t Like Mondays(邦題:哀愁のマンデイ)」はその最たるものだったと思う。今でも同曲をどこかで耳にするとゾッとする内容だ。洋楽を聴き始めてから、様々なメッセージ・ソング(その多くは反戦歌やラップ・ナンバーに多い人種差別に反対する内容のもの)を耳にしてきたが、「I Don’t Like Mondays」は実際に起きた事件を題材としており、それだけに余計に印象に残った曲だった。

近年、音楽の聴き方が激変した。筆者は今でもアナログ盤とCD(アナログ盤でリリースされていないもの)で音楽鑑賞を楽しんでいる旧弊型人間だが、昔は廃盤になったレコードを血眼になって探し、また、たとえそれが見つかったとしても、高額で手が出なかった、という経験を何度もしている筆者からみれば、今はとても恵まれている時代だと思う。何しろ、動画サイトなどには、「えっ、こんなマイナーな曲まで?!」と仰天するような曲までアップされているのだから。ご丁寧に歌詞がテロップで流れる動画まである。昔なら考えられないことだった。どうかみなさん、この恩恵に浴して頂きたい。そして更に洋楽に親しんで欲しいと切に願う。

今さらながらだが、この連載をやらせて頂いて気付いたのは、洋楽ナンバーの歌詞は英文法の宝庫である、ということだ。もちろん、くだけた表現やスラングなどが多い曲もあるが、学校の英語の授業では習わなかった単語やイディオムなどの多くは、洋楽ナンバーの歌詞が筆者に教えてくれた。辞書を引く癖がついたのも、洋楽ナンバーの歌詞のお蔭だと思っている。連載では採り上げなかったが、大好きなR&B女性シンガーのイヴリン“シャンペーン”キング(Evelyn “Champagne” King/1960年ニューヨーク生まれ)のヒット曲「Love Come Down」(1982/R&Bチャートで5週間にわたってNo.1,全米No.17)のタイトルを初めて目にした時、「ん?」と思った。何故なら、正しくは「Love COMES Down」でなければならないからだ。ところが、実際に同曲が収録されているLPを買って聴いてみて、タイトルがサビの部分の♪You make my love come down … からの抜粋だったのだと納得したのである。使役の動詞=makeがもたらしたタイトルの謎だった。

みなさんの中にはお気付きの方も多いだろうが、例えばTVのCMのBGMなどで使用される洋楽ナンバーは、圧倒的に1960~1980年代のものが多い。もちろん、最近の洋楽ナンバーのヒット曲も使用されるケースもあるが、その30年間は、恐らく洋楽の黄金期だったのではないだろうか。近年、昔のアルバムが高音質CDや高音質LP、未発表曲入りのボックス・セットなどで数多くリリースされているのは、その30年間に“忘れられない洋楽ナンバー”が凝縮されているからだと思う。当然ながら、その当時に青春時代を送った人々がそれらの再発もののターゲットだろうが、例えば、若い世代でも追体験で1960~1970年代の洋楽ナンバーに親しんでいる様子を見ると(実際、筆者の知人・友人にもそういう人が何人かいる)、昔の音楽にすぐ手が届く今の時代を享受しているように思えて微笑ましい。どういったかたちであれ、音楽が日々の糧になっているのなら嬉しく思う。

最後に、読者のみなさんにひと言お礼を申し上げたい。長い間、ご愛読下さり、ありがとうございました。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。