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三省堂辞書の歩み 袖珍コンサイス英和辞典・袖珍コンサイス和英辞典

2014年 6月 18日 水曜日 筆者: 境田 稔信

三省堂辞書の歩み 第29回

袖珍コンサイス英和辞典

大正11年(1922)8月25日刊行
神田乃武、金沢久共編/本文669頁/三五判変形(縦154mm)

 

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上左: 【袖珍コンサイス英和辞典】19版(復刻版)
上右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

 本書は大正9年(1920)刊行の『袖珍英和辞典』改訂版が基になった。初めて書名に外来語のカタカナ「コンサイス」を使用し、やがて三省堂の小型外国語辞書の代名詞となってゆく。

 書名に「袖珍」を残しているものの、本のサイズは明治35年(1902)刊行の『新訳英和辞典』にほぼ等しい。サイズもさることながら、訳語などを見ても『新訳英和辞典』から引き継がれたものが、まだ多く残っていた。

 本書の大きな変革は、発音記号の表示方法にある。『袖珍英和辞典』まではウェブスター式の発音記号を見出しに表示してきたが、見出しのあとに「万国音標文字」を使って表示する方式を採用した。万国音標文字とは、国際音声学会が定めた国際音声記号のことである。国際音声記号は1888年に最初のものが制定され、1900年に非ヨーロッパ言語をカバーする改訂があった。

 国際音声記号による発音表示を採用したのは、大正10年の『大英和辞典』(藤岡勝二編、大倉書店)の第1巻が日本初であり、『袖珍コンサイス英和辞典』は二番目だった。ただし、『大英和辞典』の第2巻が出て完結するのは、本書より10年あとの昭和7年(1932)である。国際音声記号は、ジョーンズの『英語発音辞典』(1917)などによってジョーンズ式発音記号が普及するようになり、日本では大正12年(1923)に研究社から『英語発音辞典』が刊行された。

 コンサイスシリーズの造本上における最大の特色は、薄くて不透明な滑りのよい本文用紙が使われていることである。三省堂の創業者亀井忠一が発案し、王子製紙の苦心で国産インディア紙の開発に成功したものだ。この紙は『袖珍コンサイス英和辞典』から導入されることになったが、印刷で生じる静電気が障害となり、実際に使われたのは大正12年5月以降だった。

 なお、本書は大正15年、三省堂編輯所による増訂があり、『増訂コンサイス英和辞典』となった。

《付記》2001年に三省堂創業120周年記念出版の一環として『袖珍コンサイス英和辞典』『袖珍コンサイス和英辞典』の復刻版も刊行された。本稿では複刻版を使用した。

●最終項目(画像はクリックで拡大)

zythum (′zaiθəm), n. 一種ノ麦酒.

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●「猫」の項目(画像はクリックで拡大)

cat (kæt), n. 猫;一種ノ荷船;〔航〕錨ヲ吊錨架ニ引上グルセミ(滑車);六脚器[イカニ置クモ常ニ三脚ニテ立ツモノ];九条鞭.──,vt. 吊錨架ニ引上グ[錨ヲ].

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●「犬」の項目(画像はクリックで拡大)

dog (dɔɡ), n. 犬;牡犬;牡[狐ナドノ];外道,奴;道楽者;〔天〕[D-]大犬座又子犬座;ウマ(薪架),ゴトク;鉄鉤,鉄架,鉤索,摑子.a dog in the manger. 意地悪者,人ノ邪魔ヲナス人.─ a dog’s age. 長期間.──,vt. 追ヒ猟ル;附纏フ,尾行ス;ニ鈎ヲ打込ム.(※以下は画像参照)

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袖珍コンサイス和英辞典

大正12年(1923)9月1日刊行
石川林四郎編/本文821頁/三五判変形(縦152mm)


上左: 【袖珍コンサイス和英辞典】12版(大正13年)
上右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

 本書は大正8年(1919)刊行の『袖珍和英辞典』が基になった。その内容は、明治42年(1909)刊行の『新訳和英辞典』から引き継がれた形跡も見られるが、半面においては国語辞典にも載っていないような言葉や表現を取り入れていることがある。

 『袖珍和英辞典』から感動詞の「ああ」には長音符号が用いられ、「あ-綺麗だ」「あ-面白かつた」「あ-困った」などとしている。当時の活字には横書き用の長音符号がなかったせいか、短めの罫線(-)で代用していた。

 見出しはローマ字だが、『袖珍和英辞典』と同様に、言葉をひとまとめにして引きやすく工夫してある。たとえば、「ichi 一」の親項目では「第一」を参照(☞)扱いにして、「一から十まで」「一も二もなく」「一か八かやって見る」「一二を争ふ」「一一」「一番」……と「一」が付く単語や慣用句など、69もの子項目が並ぶ。さらに、「ikk- 一-」「ipp- 一-」「iss- 一-」「itt- 一-」の親項目もあり、それぞれに「一家」「一杯」「一切」「一体」などの子項目が集められているのも同じである。

 巻末に「常用外来語略表」が15頁あり、なじみの薄い外来語は本文に掲載せず、ここでスペルを調べ、英和辞典を引くことになる。たとえば、「アイスクリーム、アウト、アカデミー、アクセント、アスパラガス、アトリエ、アマチュア、アルバム、アルミニウム、アンコール、アンテナ」などは本文の項目にない。アの項目で本文にあるのは「アーチ、アイロン、アスファルト、アナナス、アブト、アプト、アメンドー、アルカリ、アルコール、アルファベット、アルプス、アンペラ」だけである。

 新開発の国産インディア紙を『袖珍コンサイス和英辞典』では最初の印刷から使うことができた。しかし、本書が初めて店頭に並べられたのは9月1日。この日の関東大震災によって神保町の三省堂書店をはじめ、大手町の三省堂本社、三崎河岸の三省堂印刷部も焼失する事態に陥った。

●最終項目(画像はクリックで拡大)

zūzūshii づうづうしい impudent; audacious, shameless; brass-visaged.
 づうづうしさ impudence; audacity; effrontery.
 づうづうしくもする to have the face [cheek] to

●「猫」の項目(画像はクリックで拡大)

neko 猫 a cat; a puss〘愛し呼ぶ語〙.
 猫も杓子も one and all; everybody; every man Jack; all the world and his wife.
 猫の目のやうに変る to be changeful [as fikle as a weathercock].
 猫ばばを極める to misappropriate; pilfer; crib; pocket.
 猫に鰹節を預ける to set the wolf to guard the sheep.
 猫に小判だ to be like casting pearls before swine.
 猫被り a hypocrite; a wolf in sheep’s clothing.
 猫入らず rat-poison.

●「犬」の項目(画像はクリックで拡大)

inu 犬 ①a dog; a bitch (牝犬); a pup(py) (仔犬); a hound (猟犬); a mongrel(雑種犬); a cur(野良犬); a bowwow(わんわん).②[間諜]a spy; a secret emissary.
 犬もあるけば棒にあたる Every dog has his day.
 あの二人は犬と猿のやうだ The two lead a cats-and-dog life.
 犬張子 a papier-mâché (toy-) dog.
 犬小屋 a kennel.
 犬殺 a dog-killer.
 犬走(堡塁の)a berm; a scarcement; a banquette.
 犬死する to die a dog’s death; die to no purpose.

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「三省堂辞書の歩み」目次へ

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【筆者プロフィール】

境田稔信(さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

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【編集部から】

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。

2014年 6月 18日