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日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第64回 『少女』の「ゾ」について

2014年 7月 13日 日曜日 筆者: 定延 利之

補遺第64回 『少女』の「ゾ」について

 『上品な女』キャラが自身の思考を述べる際,「それでわたくしも,これはちょっとあぶないぞって思いましたの」はセーフだが,「それでわたくしも,これはちょっとあぶないぜって思いましたの」はアウトといった話をしていた(前回)。ここで「ぞ」と「ぜ」について,少し一般的な話をしておく。

 たとえば「明日は雨なのぞ?」「明日は雨ぜ?」などとは言わないように,問いかけの発話には「ぞ」も「ぜ」も現れない。これらは基本的にものを問う際のことばではなく,ものを教える際のことばである。また,「ぞ」は『格が高い者』のことばであり,「ぜ」は『下品な男』のことばである。格が高いという「ぞ」の特徴は,これが『男』のことばであることを含意するが(本編第64回),「ぜ」はもっとはっきりと『男』を主張する。それが「あぶないぞって思いましたの」「あぶないぜって思いましたの」の違いである。

 そして重要なことは,「ものを教える」という発話行為は『下品な男』よりも『格が高い者』に似つかわしいということで,つまり「ぞ」は「ぜ」以上に「ものを教える」という発話行為にこだわる。たとえば,「なるほど。確かに,言われてみればその通りだぜ」とは言いやすいが「なるほど。確かに,言われてみればその通りだぞ」とは言いにくいように,納得して相手を認める発話に「ぜ」が現れやすい一方「ぞ」が現れにくいのは,その発話が「ものを教える」発話から離れているからである。

 このような「ぞ」と「ぜ」の違いは,他のことばとの結びつき具合にも反映される。たとえば, 「声が高い。内密の話であるぞ」は自然なのに「声が高い。内密の話であるぜ」が不自然なように,「である」と「ぜ」が結びつかないのは,「ぜ」の『下品』さが「である」と合わないということである。

 また,たとえば「おおかたそんなところだろうぜ」が自然な一方で「おおかたそんなところだろうぞ」が自然なのは,「ものを教える」という「ぞ」の態度が「だろう」というその場での推量と合わないということである。

 但し「だろう」を「だろ」に縮約すると「ぜ」の方も「おおかたそんなところだろぜ」のように不自然になる。このように「だろ」と「ぜ」が結びつかないのは,「だろ」の『子供』っぽさが「ぜ」の『男』と合わないということであり,これはそもそも『子供』のことばには『男』『女』の違いがないからである(本編第68回)。

 ことばの上で『男』『女』の違いがないのは『子供』だけでなく,『老人』も同様であった(本編第68回)。そしてたとえば,「必ず行くのじゃぞ」が自然であるように「じゃ」と「ぞ」が結びつく一方で,「必ず行くのじゃぜ」がおかしく「じゃ」と「ぜ」が結びつかないのは,『老人』のことば「じゃ」と『男』の「ぜ」が合わないということである。

 いま述べた「だろ」のような『子供』っぽいことばさえ現れなければ,たとえば「うちのパパ,社長なんだぞ」のように,「ぞ」は『子供』が発することもできるが,それは「どうだすごいだろう」という子供ながらの「上から目線」の 自慢であり,「ものを教える」発話とつながっている。

 この『子供』の「ぞ」が典型的な「ぞ」(格が本当に高い者の「ぞ」)ではないということは,これがしばしば「ゾ」のようにカタカナで表記されることに現れている。冒頭でも触れた「これはちょっとあぶないぞって思いましたの」のような,『上品な女』が自身の思考を引用する際に現れる「ぞ」は,カタカナの「ゾ」にすると上品さがなくなってしまうが,代わりにかわいさが出てくるとも言える。つまり「もぉ~,怒っちゃうゾ。ぷんぷん」のような「ゾ」,男のすなる「ぞ」発話といふものを,という『少女』の「ゾ」である。

 あっ,『少女』というのはあくまでキャラクタの話です。実年齢ではありません。周囲に受け入れられる自信のある方は,幾つになられてもご随意にどうぞ。

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  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

『日本語社会 のぞきキャラくり』定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「状況に基づく日本語話しことばの研究と,日本語教育のための基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』(三省堂、2011)などがある。
URL:http://web.cla.kobe-u.ac.jp/aboutus/professors/sadanobu-toshiyuki.html

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【編集部から】

このサイトでの連載「日本語社会 のぞきキャラくり」がもとになり、書籍として『日本語社会 のぞきキャラくり―顔つき・カラダつき・ことばつき』が刊行されてから一年後のこと、編集部たっての希望がかない、さらに「キャラくり」世界を楽しむべく、続編をご執筆いただくこととなりました。
イラストは、書籍版『日本語社会 のぞきキャラくり』でも「キャラくり」世界をステキに彩ってくださったカワチ・レンさんによるものです。
隔週日曜日の公開です。続きもお楽しみに!

2014年 7月 13日