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フランツ・クサファー・ワーグナー(7)

2014年 7月 17日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・第140回

この頃ワーグナーは、デンスモアの弟エイモス(Amos Densmore)から、アップストライク式タイプライターの改良に関する依頼を受けています。エイモスは、デンスモア・タイプライター社を立ち上げようとしており、義理の甥ウォルター(Walter Jay Barron)とともに、同社の看板となるタイプライターを開発していました。アップストライク式タイプライターの市場において、「Remington Standard Type-Writer No.2」や「Caligraph No.2」を超えるのは難題であり、エイモスはワーグナーを頼ったのです。

ワーグナーの数々のアイデアの中でも、特筆すべきは、ボールベアリングの採用でした。全てのキーと活字棒の可動部分に、ボールベアリングを用いたのです。それらの可動部分を全てボールベアリングとすることで、非常に滑らかな動作が可能になる、とワーグナーは考えたのです。

ウォルターとワーグナーとエイモスが1889年10月28日に特許申請したタイプライター(U.S. Patent No. 484132、シフト機構なし)
ウォルターとワーグナーとエイモスが1889年10月28日に特許申請したタイプライター(U.S. Patent No. 484132、シフト機構なし)

ただ、ボールベアリングの個数は、できるだけ減らしたいところです。この時点の設計では、各キーには2個所、活字棒には3個所の可動部分があり、仮に「Caligraph No.2」と同じ72キーとするならば、1台あたり少なくとも360個のボールベアリングが必要となります。一方「Remington Standard Type-Writer No.2」と同じ40キー(ただし、キーのうち2つは「Lower Case」と「Upper Case」なので活字棒はない)とするならば、1台あたり194個のボールベアリングで済みそうです。すなわち、ボールベアリングを減らすためには、シフト機構の実装が必須であり、できればダブル・シフト機構の方がいい、ということになります。しかし、ワーグナーが発明したダブル・シフト機構(U.S. Patent No. 326178)は、スミスとウンズに譲渡してしまったので使えません。シフト機構に関しては、ウォルターの特許(U.S. Patent No. 436820)を使うしかなさそうでした。

1891年11月、エイモスは「Densmore Typewriter」を発売しました。ワーグナーのボールベアリングと、ウォルターのシフト機構を採用した、39キー(うち1つは「Upper Case」キー)のアップストライク式タイプライターでした。「Densmore Typewriter」は、いわゆるブラインド・タイプライターだったものの、プラテンを持ち上げることができるようになっていて、打っている最中の文字を一応は確認できました。それは、もしかしたら、ワーグナーのこだわりだったのかもしれません。

「Densmore Typewriter」

「Densmore Typewriter」

フランツ・クサファー・ワーグナー(8)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。

2014年 7月 17日