日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第67回 マナー合致のことばについて(続々)

筆者:
2014年8月24日

「マナー」に関することばの基本は,マナー違反を言い立てる否定的な評価のことばだということを,ここしばらく述べている(補遺第65回第66回)。マナー合致の肯定的な評価のことばも少数あるが,言い方を少し変えると,マナー違反のことばになってしまうことがあるのだった。

言い方を変えなくとも,これらのマナー合致のことばを「上のレベル」に持っていくだけで,マナー違反のことばができあがることもある。インターネット上の実例を挙げると,自分のカーナビを冗談まじりにけなしている次の(1)では,このカーナビが「きっちり」黙り込むと述べられている。

(1) そうそうナビって結構腹立たしい時ありますよ。
右!左!急発進禁止!とか煩いんですよ。
そのくせ道を間違うと,きっちり黙りこむんですよ。
都合が悪くなると無口になるって,プログラムをした奴の人間性が伺えます(笑)
家人なんか,都度「ごめんなさいは!」って叱りつけてます(爆)

[//panoramahead.blog123.fc2.com/blog-entry-722.html,最終確認:2014年8月11日,以下も同様]

黙り込む様子はよく「突然」「むっつり」「不機嫌そうに」などと形容されるが,このカーナビはそれと同じようなレベルで「きっちり」黙り込むというわけではない。ふだんは矢継ぎ早にルートを指示してくるくせに,いったんルート指示を間違えてしまうと「必ず決まって」黙り込む,その様子が「きっちり」ということだろう。先に「上のレベル」と述べたのはこの意味である。類例として(2)(3)を挙げる。

(2) 結局,××××は何の管理もしていないことがわかった。
そのくせ,会費だけはしっかりと徴収しやがるから,たちが悪い。

[//slashdot.jp/comments.pl?sid=3964,固有名詞は伏せる]

(3) でも,もう借りるとこなんてない。
そのくせ,食費を切り詰めてパチンコだけは,ちゃんとやっていやがる。

[//blog.livedoor.jp/partidoalto/archives/1083034.html]

例(2)の「しっかりと」は,インターネット上の某オークションサービスが,会費徴収の仕方が「しっかりと」している(たとえば会費の振込が1日でも遅れればすかさず取り立て屋を差し向ける)と述べたものではなく,管理は手抜きする一方で会費は「忘れず必ず」徴収すると揶揄したものだろう。同様に例(3)の「ちゃんと」も,パチンコのやり方がいい加減ではなく「ちゃんと」していると述べたものではなく,借金もできないほど逼迫した状況にありながらパチンコだけは「一人前に」やると皮肉ったものだろう。これらの「しっかりと」「ちゃんと」も「上のレベル」にあり,がめつく,したたか,己れの利にさとく厚顔無恥,つまりマナー違反を言い立てることばになっている。この場合,文中には「そのくせ」「だけは」「やがる」といった語句が現れることが多い。

前回取り上げた「越後屋,そちもワルじゃのぅ」などを河上誓作先生は「偽悪型アイロニー」と呼ばれたが,マナー合致の肯定的な「きっちり」「しっかり」「ちゃんと」などが「上のレベル」で持つこのような偽善的な用法は,通常の意味で「アイロニー」と言ってよいだろう。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。