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談話研究室にようこそ 第81回 笑いとまじめ:ふたつの婉曲法(その2)

2014年 9月 25日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第81回 笑いとまじめ:ふたつの婉曲法(その2)

 前回,対比させたまじめな婉曲法と笑いの婉曲法の関係は,人にものを頼むときのストラテジーになぞらえると,より分りやすいかと思います。

 人にものを頼みたいとき,たとえば,車で送ってほしいとき,どういうふうに頼みますか。「送って」とずばり頼んでももちろんいいのですが,相手を慮ってもう少し丁寧にやろうとするかもしれません。ブラウンとレヴィンソンによると,それには3つの方法があるようです(P. ブラウン・S. レヴィンソン『ポライトネス:言語使用における,ある普遍現象』)。

(108)
a. バス,ちょうど行ってしまったみたい。あー,どうしよう。遅れてしまう。
b. あの,ごめんなさい。とっても申し訳ないんだけど,ちょっと送ってもらえるとうれしいんだけど?
c. ねえ,××さーん,送ってくれるン?♡ お・ね・が・い♡

 (108a) は,それとなく非公然に (off record) お願いする方法です。困っていることを伝えるだけで,はっきりと頼むことを控えています。人にものを頼む際のもっとも差し障りのないやり方と言えるでしょう。聞き手が気を利かして「じゃあ,送ろうか」と申し出てくれるといいのですが,そのままスルーされてしまうかもしれません。

 (108b) は,消極的な丁寧さ (negative politeness) にもとづくやり方です。相手と距離を取りつつ,相手の邪魔になることをわびつつ,お願いしています。「ちょっと送ってもらえると」の「ちょっと」は相手にかかる迷惑をできるだけ少な目に見積もっています。そうすることで依頼にかかわる押し付け具合をことばのうえで弱めるわけです。

 そして,(108c) は,積極的な丁寧さ (positive politeness) にもとづくストラテジーを体現しています。相手の懐に入り込んで,関係の近さを前に出しながらお願いするわけです。

 日本語的な発想から言うと,丁寧とは敬して遠ざけることのみを考えてしまいそうですが,親密さを前面に出して交渉することも相手を慮ったやり方だと言えるでしょう。慇懃無礼ということばがありますが,これは必要以上に相手を敬して遠ざけたためにかえって失礼になってしまうことを表しますよね。他人行儀にならずにやり取りすることも,丁寧さのひとつのパタンなのです。

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 このように,時と場合と相手に応じて,私たちは交渉のストラテジーを変えて頼み事をしています。これまでに取り上げたまじめの婉曲法と笑いの婉曲法の違いは,この交渉ストラテジーの違いに対応するように思います。

 笑いの婉曲法は,(108c) の積極的な丁寧さにもとづくやり方です。仲間意識に訴えつつ冗談めかして,互いの対面を傷つけないようにする方法です。他方,まじめな婉曲法は,(108a) に対応します。タブーに触れないための非公然のやり方です。それとなく,目立つことなく,距離を置きながら互いの対面を慮ります。

 タブーに言及するのは危険を伴う行為です。うまくやらないと気まずい思いをすることになります。互いの対面を傷つけないように婉曲する方法として,まじめな婉曲法と笑いの婉曲法は存在します。特にまじめな婉曲法は,慣習的に確立されています。どのような語彙を使うのか,あらかじめ定まった安定したパタンがあるわけです。

 では,(108b) に対応する,つまり消極的な丁寧さにもとづく婉曲法はあるのでしょうか。おそらく,「汚い話でごめんなさい」とか「すごく聞きにくいことなんですが」と一言断ってからタブーの話題を切り出すのは,(108b) のやり方に当たるんじゃないかと思います。

 婉曲表現と言うと,慣習的な言い回しのみを問題にすることがほとんどで,まじめな婉曲法のみを取り上げるのが常でした。しかし少し視野を広げて,話し手が実際のディスコースにおいてどのような方法でタブーにまつわる体面の危機を乗りこえるのか考えると,婉曲法の枠組みは,従来言及されていたまじめな婉曲法にとどまらず,笑いの婉曲法を含むいくつかのストラテジーから構成されることが理解できるかと思います。

 次回は,笑いの婉曲法を戦略的に使っている雑誌についてお話しします。

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【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

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【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

2014年 9月 25日