地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第318回 日高貢一郎さん:新潟県長岡市の方言ネーミング

2014年12月20日

今から10年前の平成16年(2004年)10月23日,新潟県中越地方はマグニチュード6.8の直下型の非常に強い地震に見舞われ,特に山古志村(現長岡市)や長岡市,小千谷市,十日町市などでは大規模な地滑りがあちこちで発生し,甚大な被害が発生しました。

この地震のことを長く記憶にとどめ,今後の同様の災害に備えて体験を語り継いでいこうと,「中越メモリアル回廊」と名付けて7つの震災関連施設が整備されています。

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【写真1】「おらたる」のステッカー
【写真1】「おらたる」のステッカー

その一つに,山古志村の①「やまこし復興交流館おらたる」があります。この「おらたる」は,愛称として公募した1,011通の中から選ばれたもので,「おらたる」とは,〔私たちの場所〕(おら=私たち,たる=~のあたり)という意味です。現在ではもう高齢の人でないと使わないことばだそうですが,地域の人たちがここに集い,多くの来訪者に訪れてもらい,みんなにとっての「私たちの場所」になってほしいという願いを込めて,地域の人たちを中心とした審査員が選んだものです。【写真1】

地元の人たちに訴える力が強いのは何と言っても「方言」で,東日本大震災に見られるその事例が,この連載にも,単行本にした『魅せる方言 地域語の底力』にも,多数紹介されています。

【写真2】「アオーレ」のロゴデザイン
【写真2】「アオーレ」のロゴデザイン

また,長岡駅前にある長岡市役所などが入った複合交流施設②シティホールプラザ「アオーレ長岡」【写真2】も方言にちなんで命名されています。「アオーレ」とは地元の方言で〔会いましょう〕を意味する「会おうれ」から来ています。名称公募に全国から寄せられた5,552件の中から候補を3つに絞り,その中から一般の投票によって一番人気の高かった「アオーレ」に決まったものだということです(平成21年12月)。(第170回「方言カレンダー(新潟県長岡市)」も参照)

その施設内にある「ながおか市民協働センター」の広報誌③『らこって』(季刊)も方言に由来し,誌名の説明には「「らこって」という名称には,相手の話に共感した時にでる長岡弁「そうらこって」のように,この情報誌を通してお互いが共感し合い,つながり,長岡の市民活動が広がるように,との思いが込められています」とあります。

新潟の方言では,ダ行音がラ行音化するのが特徴の一つです。後の2例も「会おうで ⇒ アオーレ」「そうだこって⇒(そう)らこって」の変化と見ることができるでしょうか。

以上、いずれも地元の方言にちなんだ命名ですが,ちょっと外国語のような響きも感じられて,耳に残ります。“その土地らしさ・地元ならでは”という個性を強くアピールするのに,「方言」は格好の素材の宝庫だと言えます。しかし,だからといって,泥くさくてはマイナスです。垢抜けていてスマートであることも必須の要件の一つでしょう。これまでにこの連載で紹介した事例をそういう目で見直すと,共通項が見えてきそうです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。