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地域語の経済と社会 第319回 別府市街地の方言看板「そんうち ええことあるち」〔そのうちいいことあるよ〕

2015年 1月 10日 土曜日 筆者: 日高 水穂

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第319回 別府市街地の方言看板「そんうち ええことあるち」〔そのうちいいことあるよ〕

 その看板は,大分県別府市街地の「秋葉通り」と「楠銀天街(くすのきぎんてんがい)」の交差する一角にひっそりと掲げられています【写真1】。

【写真1】大分方言看板「そんうち ええことあるち」(クリックで全体を表示)
【写真1】大分方言看板
「そんうち ええことあるち」
(クリックで全体を表示)
【写真2】「秋葉三社詣」看板(クリックで2009年10月撮影・2014年9月撮影の2枚を上下に並べた画像へ)
【写真2】「秋葉三社詣」看板
(クリックで2009年10月撮影・2014年9月撮影の
2枚を上下に並べた画像へ)

 設置したのは,秋葉通り会。2003~2005年度の泉都別府まちづくり支援事業の補助によって製作されたものです。筆者が2009年の秋に訪れた際には,方言看板の左隣に「秋葉三社詣」矢印看板と「あきば三社詣案内図」看板が並んでいました【写真2】。案内図看板に「地図はふじのやタバコ店にあります」との記載があったので,通りを隔てた斜向かいのタバコ店「ふじのや」の奥さんにうかがうと,案内図看板(2003年度),矢印看板(2004年度),方言看板(2005年度)の順に設置されたとのことでした。方言看板にある「宝くじにあたった人がでてきた」ことも,「赤ん坊がうまれて大喜びの若い夫婦がいた」ことも,この界隈で実際に起きた出来事だと話してくれました。

 日本有数の温泉地である別府は,街づくりの一環として,温泉街をめぐるウォーキング企画が盛んに催されています。「秋葉三社詣」も,そうした街づくりの機運の高まりの中で,見いだされたものでしょう。その街づくり事業の集大成が,街の身近な出来事を方言で描いた長文の看板だったことは,方言が「地域らしさ」をアピールする手段となることを,よく表していると思います。

 秋葉通りと交差して南北に伸びる楠銀天街は,1953年に「当時日本一長いというアーケード街を造り,町名を(楠本町から)楠銀天街と改称」し,「別府の代表的商店街」としてたいへんな賑わいを見せた商店街です(『別府今昔風土記』別府郷土文化史研究会,1977年)。「○○銀天街」という名称の商店街は,1951年に日本初のアーケード商店街として開業した福岡県北九州市小倉の魚町銀天街(うおまちぎんてんがい)を発祥とし,九州北部域を中心に広がっています。「銀天井に輝く商店街」というコンセプトを,1953年にいち早く取り入れた楠銀天街は,当時の商業地の最先端にあったことがうかがえます。

 表題の方言看板の「そんうち ええことあるち」は,「そのうちいいことあるよ」の意味です。「いい」を「ええ」というのは,主に近畿・中国・四国方言の特徴で,九州方言では一般的ではありませんが,別府は西日本各地からの移入者が集まる街ですので,設置に関わったメンバーの中に「ええ」を使う人がいたのかもしれません。そうした別府の街の多彩な様相も,この看板からはうかがい知ることができます。

 楠銀天街は,2000年代に入ってからは,隣接地に開業した大型ショッピングセンターに集客を奪われ,軒並みシャッター通りとなりつつあります。2014年の秋に再び訪れたその場所には,矢印看板と方言看板のみが残され,案内図看板は消えていました。斜向かいの「ふじのや」の一角は,工事の足場が組まれ,メッシュシートで覆われていました。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『方言学入門』日高水穂(ひだか・みずほ)
 関西大学教授。博士(文学)。山口県出身,大阪大学大学院博士後期課程修了後,秋田大学で14年間教鞭をとり,2011年より現職。全国方言を俯瞰することによって,個別地点で生じている言語変異現象を読み解く「俯瞰する方言学」を主な研究テーマとする一方,街角にたたずむ方言看板等から地域の人々の生活文化を読み取る「街角の方言学」を実践中。著書『授与動詞の対照方言学的研究』(ひつじ書房),『秋田県民は本当に〈ええふりこぎ〉か?』(無明舎出版),『方言学入門』(共編著,三省堂)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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2015年 1月 10日