地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第320回 半沢 康さん:会津のお菓子「くいっちい」

筆者:
2015年1月24日

東北地方は商品や公共施設の名称に地元の方言を活用することが盛んです。福島県は他県に比べるとそうした事例が少ないようです。東北の中では最も関東に近く「福島は方言色が薄い」(実際にはそんなことはないのですが)という自県への認識が方言の活用を抑制するのかもしれません。それでも近年は方言に由来する商品名を少しずつ目にするようになりました。【写真】は会津地方の有名なお菓子屋さんが発売したお菓子です。「くいっちい」というのは福島方言で「食べたい(食いたい)」を意味します。~ッチー(または~ッチ)が共通語の「~たい」に対応し,動詞の連用形に接続して見ッチー・飲ミッチなどのように使います。このお菓子にはチーズが入っているので,チーズのチーと「~たい」にあたる~ッチーが懸けてあるわけですね。パッケージの模様も「会津木綿」をイメージしているとのことで地域色満載です。筆者はかつて福島方言の~ッチーについて論文を書いたことがあるので,このお菓子にはとりわけ親近感を感じています。

【写真】くいっちい(クリックで個別包装)
【写真】くいっちい(クリックで個別包装)

なぜ「~たい」を~ッチーと言うのか。一見両者には全くつながりがないように思えますが,実はさまざまな発音の変化が重なって福島では「~たい」が~ッチーへと変貌を遂げました。福島方言ではラ行音がナ行音やタダ行音に接続する場合に発音の変化が起こります。このため「取りたい」や「帰りたい」のようなラ行五段動詞でまず~ッチーが発生し,やがてすべての動詞で~ッチーが使われるようになったわけです。

【図】は会津地方を走る只見線沿線での調査結果(グロットグラム[注])です。年配の人に比べ,若い世代ほど~ッチーが多く使われています。「飲む」や「食う」などの五段動詞に~ッチーが接続した言い方は,比較的新しく発生した新方言だったことが分かります。

【図】会津地方の「~ッチー」の調査結果
【図】会津地方の「~ッチー」の調査結果(クリックで拡大)

このお菓子に限らず福島には「また食いっちーなー」と思ってもらえる美味しいものがあふれています。原発事故の影響を懸念される方もいらっしゃるかもしれませんが,実際のところ関係者の血のにじむような努力のおかげで(少なくとも通常の流通品に関しては)その心配はまったくなくなりました(たとえば今年の県産米は,出荷する一千万袋すべてを検査し,基準値を超えたものはひとつも見つかっていません)。皆さん,ぜひ福島へ足を運んで「福島の味」をご賞味ください。

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[注]図のように地点と年齢をクロスして,方言調査の結果を記号であらわす方式をグロットグラムと呼びます。地域差と年齢差を同時に示すことができるので,方言の変化や伝播の様子が理解しやすくなっています。日本方言学が独自に開発した研究方法です。

 

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 半沢 康(はんざわ・やすし)

福島大学教授。専門は,方言学・日本語学。
東北,とくに福島をフィールドに日々調査・研究に励む。大学での講義のほかに,市民向け講座の講師や新聞・テレビ・ラジオでの制作協力・出演など,方言学・日本語学の還元・発信にも努める。近年は,東日本大震災での被災地域における方言の実態調査等を文化庁より委託を受け担っている。
履歴・業績等 http://www2.educ.fukushima-u.ac.jp/~yhanzawa/

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。