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図鑑は愉しい! 第6回 図鑑の旅――『えほん百科』から『宗教学大図鑑』まで

2015年 4月 3日 金曜日 筆者: 中村圭志

【編集部から】
図鑑の作り手や売り手、愛読者に、図鑑にまつわる思い出や、図鑑の愉しみ方を語ってもらう好評リレー連載。第6回の執筆者は、宗教学者・翻訳家の中村圭志さんです。

図鑑の旅――『えほん百科』から『宗教学大図鑑』まで

 図鑑類で子供時代にもっていたものとしては、平凡社の『えほん百科』が忘れられない。1968年刊。小学5年生のころである。これは大型だが薄い全12巻の子供用百科事典で、巻末の大人向け解説を除いて全ページカラー、しかも写真はいっさいなく、挿絵画家が描いた絵ばかりという野心的なシリーズであった。見開き2ページを単位として、「アイヌ」「アジア」「いぬ」「うちゅう」と、何でも載っている。イラストも写実的なものから概念図的なものまで、全ページ大のテーマ画から枠囲みの詳細図まで項目に合わせてさまざまだ。とうの昔にどこかに行ってしまい、古本屋にもないので、お見せできないのが残念だ。

 私は写真では味わえない絵ならではの楽しみというのを、『えほん百科』で知ったように思う。図鑑類にとっては、写真よりも手書きの挿画のほうが望ましいことが多い。情報の要点をかっちり示せるからだ。最近の子供向け図鑑類には写真ばかりのものが多いようだが、美的にも情報的にも、イラストレーターが腕をふるった図版にはかなわないのではないだろうか。

 子供時代にお世話になった図鑑としては、他に小学館の『交通の図鑑』や『植物の図鑑』などがある。『交通の図鑑』(初版1956年)は何よりもお気に入りだったが、今手元にあるのを見ると(あとで古本屋で見つけて買ったものだ)、未来の交通を描いたパノラマ図には、なんと、原子力飛行機がびゅんびゅん飛んでいる! この時代の人々は、飛行機が墜落したらどうなると考えていたのだろうか(他に「ライル・ボースト氏設計X号」という原子力機関車もあった!)。

 図鑑や百科事典の類も、もちろん教科書や一般向け啓蒙書も、時代の論理や知識の限界があることはどうしようもない。絵なんかでバッチリ印象的に描いている図鑑は、そうした「時代性」もバッチリ証言してくれる?!……というのは、まあ、怪我の功名みたいな話である。

 高校のころ、学校の理科室に「理學博士牧野富太郎著」の『日本植物圖鑑』があって、これが何か聖書か四書五経のように有難い感じがした。植物学に興味があったわけではないのだが、ぐちゃっと詰めこんで書いてあって、しかも旧漢字旧カナ、挿画が白黒でシブかったのだ。これも後に古本屋で手に入れた(初版1940年)。図鑑に限らず、百科事典でも国語辞典でも、森羅万象をコンパクトにまとめたものというのは、どこか聖典めいていることも確かだ。とくにそれがシブい出来の場合、お線香でも上げたくなるのである。

『三省堂図解ライブラリー シェイクスピア劇場』 大人になってからも、宇宙大地図とか、ファッション図鑑とか、東洋建築図譜とか、ときおりページをめくって楽しく眺めている。お気に入りは小田島雄志氏の解説のある『三省堂図解ライブラリー シェイクスピア劇場』である(1995年刊)。往時のグローブ座の構造がよくわかって楽しい。子役俳優の一日みたいなものまで書かれている。ジャニーズより大変そうだ。……そんなふうに、お気楽な読み方をするのである。

 自分の専門分野ではないものについて、概括的なイメージを得るには、やはり絵や写真のあるものが便利である。絵本を眺めている子供とたいしてちがわないが、私自身は、どのような情報も、デジタルな部分だけではなくて、アナログな、直観的で概括的なものというのが大事じゃないかと思っている。私の専門は宗教学で、宗教に興味のない方々に世界の諸宗教について大雑把に知っていただくための本などを書いているが、できればぜんぶイラストや写真や地図で埋めてしまいたいくらいだ。

 もちろん専門的な知識のためにも図鑑や図典は重要である。宗教学関係で私がときおり眺めているのは、仏像仏画を解説した本だ。たとえば曼荼羅の線画を採録した大法輪閣の『曼荼羅図典』なるものがある(図は染川英輔画伯による。1997年刊)。この本を開くと、胎蔵曼荼羅にはかわいらしい兎が描かれているなんて発見もある(いわゆる「月の兎」の元型イメージである)。考えてみれば、曼荼羅というもの自体が、悟りの中に表象された森羅万象を諸尊でイラストレートした一種図鑑めいた宇宙なのだ。

 このたび三省堂で刊行される『宗教学大図鑑』では、私は共同で監修役を務めさせていただいたのだが、これがおもしろのは、修行風景や教団の建造物などの写真ばかりでなく、概念図のようなものがたくさん採り入れられていることだ。三位一体とか、仏教の八正道とか、宗教には概念のセットのようなものが多いが、そういった公式的なものに加え、どういう感情がどういう思考を生んで、結局どんな信念や儀礼を生み出したのか、執筆者が哲学的に整理した思考の流れを描いたフローチャートが、あちこちに入り込んでいる。写真や具象画とは対極にあるが、これもまた図鑑を眺める楽しみである。

 

【筆者プロフィール】

『知の教科書 カバラー』『教養としての宗教入門 基礎から学べる信仰と文化』中村圭志(なかむら・けいし)
1958年生まれ。
北海道大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。
翻訳家・文筆家(宗教学)。
著書:『教養としての宗教入門 基礎から学べる信仰と文化』(中公新書、2014)他。
訳書:P・ギラー『知の教科書 カバラー』(講談社選書メチエ、2014)他。

 

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◆→次回第7回の執筆者は、出版社エディマン代表の原島康晴さんです。

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2015年 4月 3日