古語辞典でみる和歌

第11回 「よのなかに…」

2015年4月7日

世の中に絶(た)えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

出典

伊勢・八二、古今・春上・五三・在原業平(ありはらのなりひら)

この世の中にまったく桜がなかったならば、春の人の心はどんなにかのどかなことでありましょう。

「なかりせば」の「せ」は、過去の助動詞「き」の特別な未然形。「ば」は、仮定を表す接続助詞。「まし」は、推量の助動詞の終止形。

参考

『古今和歌集』の詞書(ことばがき)に「渚院(なぎさのゐん)にて桜を見てよめる」とある。渚院は、文徳(もんとく)天皇の第一皇子惟喬(これたか)親王の離宮。『伊勢物語』では、惟喬親王のお供をして狩りに出かけたとき、渚院の桜を見て「右の馬の頭(かみ)(=在原業平)」が詠んだ歌となっている。世の中はつらいものなのに、春になると、人は桜が咲くのを待ち、散るのを惜しんで風雨を心配する。桜を愛するがゆえにもの思いがたえない心を詠んだ歌。

(『三省堂 全訳読解古語辞典』「よのなかにたえてさくらの…」)


◆参考情報

今回は、桜を愛する歌のうち、教科書にもよく取り上げられる和歌を取り上げました。
『三省堂 全訳読解古語辞典』で「せば…まし」を引くと、「((反実仮想。事実と反対のことを仮に想定して、推量・想像する気持ちを表す))もし…(だっ)たならば、…だろう(に)。→「き[過去の助動詞]」・「せば」」とあります。
さらに、過去の助動詞「き」の補説では、「反実仮想」の用法について、「反実仮想とは、事実とは異なる状況を仮定するものであり、ここでの「せ」は、過去の出来事を述べているわけではない。」などと解説され、「せば…まし」という表現を理解する助けとなります。

写真は、現在の大阪府枚方市にある、通称「渚の院跡」地(2015年3月、古語辞典編集部撮影)。

筆者プロフィール

古語辞典編集部

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