タイプライターに魅せられた男たち・第183回

山下芳太郎(38)

筆者:
2015年5月28日

1922年5月26日、仮名文字協会主催の国字問題講演会が、兵庫県御影師範学校で開催されました。山下は「改良国字ノ備フベキ要件」というタイトルで講演をおこないましたが、横書きカナタイプライターに関しては、少し言葉を濁さざるを得ませんでした。英米訪問実業団から帰ってきた星野が、レミントン・タイプライター社との交渉が不調に終わったことを、報告していたからです。この時のことを、山下は、以下のように記しています。

星野君 ガ 12月 ニューヨーク ニ イッテ,レミングトン会社 ニ イッテ,同社ノ ジオンス氏 ニ ソノ 交渉 ヲ スル ト,氏 ワ

日本 ノ タイプライター ワ カツテ ツクッテ ミタガ,文字 ガ タテガキ デ アル カラ ヨミニクイ ノデ ダメデ アッタ。

ト 答エタ。星野氏 ワ ソレ ニ タイシ 今回 日本 デ ツクロゥ ト スル タイプライター ワ ヨコガキ デ,シカモ 一語 ガ 一ツ ニ マトマル ヨゥ 工夫シタ 字体 ユエ ソノ 欠点 ワ ナイ,ソノ 活字 オヨビ キイ ノ 配置図 ワ 東京販売店 カラ オクッタ ハズ デ アル ト イッタ。――先方 ワ ソンナ ハナシ ワ 初耳 デ,何 モ 活字 ヤ ショルイ ワ ツイテ イナイ。ネン ノ タメニ ト イッテ イロイロ ノ 帳簿 ニ ヨッテ サガシタ ガ,ソノ 書類 ヤ 活字 ワ トドイテ イナカッタ ソゥ デ アル。

ただし、星野はニューヨークで、新たにアンダーウッド・タイプライター社と交渉してきた、とのことでした。これを聞いた山下は、横書きカナタイプライターを実現すべく、みずからが渡米することを画策しはじめました。

山下芳太郎によるカナキー配列(1922年6月)

山下芳太郎によるカナキー配列(1922年6月)

山下は、以前「Remington Portable」のために提案したカナキー配列を、少しだけ変更することにしました。具体的には、「%」と小書きの「ェ」を入れ換え、「@」と小書きの「ォ」を入れ換え、数字の「0」を右端に移動して「1」から「9」をずらす、という変更でした。山下は、『国字改良論』の第4版に、この新たなカナキー配列を追加で掲載し、その根拠として「仮名使用の度数による順序」を示しています。

中央の2つの段すなわち第2段と第3段とは使うに便利であるが、なおそのうちにも特に勝手のよき位置があるから、使う度数の多い文字をなるべくその位置に配列した。日本語に使われる仮名の度数は、その文章の種類と仮名遣いとにより大分の違いがあるが、本書に用いた仮名の文例の文字を計算して順序を立てて見ると、次の如くなる。

仮名使用の度数による順序

シ、カ、イ、タ、ノ、ン、ハ、ト、テ、ニ、マ、コ、ナ、ヲ、リ、ー、キ、ル、ク、ア、ラ、レ、サ、モ、ス、ツ、チ、セ、ヨ、ッ、ヒ、フ、ヘ、ミ、オ、ケ、ヤ、ソ、ウ、ョ、ホ、メ、ロ、エ、ュ、ゥ、ネ、ワ、ム、、ユ、ヰ、ャ、ヌ、、ヱ、ェ

山下芳太郎(39)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。