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三省堂辞書の歩み コンサイス独和辞典

2015年 6月 17日 水曜日 筆者: 境田 稔信

三省堂辞書の歩み 第41回

コンサイス独和辞典

昭和11年(1936)4月5日刊行
山岸光宣編/本文1148頁/三五判変形(縦152mm)

コンサイス独和辞典
左:【コンサイス独和辞典】210版(昭和16年)
右:【本文1ページめ】(クリックで拡大)

 本書は三省堂における3冊目の独和辞典で、『大正独和辞典』(大正元年・1912)から24年ぶりの新刊だった。

 前著まで、ドイツ語にはドイツ文字(亀の甲文字)が使われていたが、本書にはラテン文字しか使われていない。語釈の漢字カタカナ交じり文は変わらず、外来語は「もんたーぢゅ」というふうに平仮名書きだった。「狼狽ス」「狼狽セル」といった文語形も多い。難読語における括弧に入れた2行の読み仮名は、まだ縦書きのままである。

 新たな点は、万国音標文字で発音を表示したことだ。独和辞典では、昭和2年の『最新独和辞典』(有朋堂書店)が最初に採用した。三省堂の英和辞典では、『袖珍コンサイス英和辞典』(大正11年・1922)から採用されていた。

 収録語彙は、社会科学・自然科学・軍事などの現代語や新語を豊富に採用し、重要な地名・人名も収録している。「コンサイス」とはいえ、「我ガ国ノ如何ナル既刊大辞典ヲモ凌駕シテヰルコトハ断言シテ憚ラナイ」と緒言にある。専門用語については80あまりの分野別に略語を記し、その数は『大正独和辞典』より倍増した。

 編者の山岸光宣(1879~1943)は東京帝国大学独文科を卒業し、早稲田大学で教鞭を執った。戯曲などのドイツ文学に造詣が深く、ドイツ学研究の第一人者である。

 昭和16年に出版物の配給業務が一元化され、その影響で総羊革製だった本書の装丁は擬革になった。しかし、定価は3円90銭のままである。昭和19年3月に発行された212版(4円50銭)の奥付には「100,000部」の記載があるから、戦時中にもかかわらず、売れ行きは好調だったようだ。

●最終項目(画像はクリックで拡大)

●「猫」の項目(画像はクリックで拡大)

●「犬」の項目(画像はクリックで拡大)

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【筆者プロフィール】

境田稔信(さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

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【編集部から】

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2または第3水曜日の公開を予定しております。

2015年 6月 17日