人名用漢字の新字旧字

第92回 「羽」と「羽」

筆者:
2015年8月20日

新字の「羽」は常用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、旧字の「羽」は子供の名づけに使えません。「羽」は出生届に書いてOKだけど、「羽」はダメ。でも、旧字の「羽」も、昭和56年9月30日までは出生届に書いてOKだったのです。

昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表は、手書きのガリ版刷りでしたが、「羽」を含め、羽部は全て旧字体でした。11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、「羽」を含め、羽部は全て旧字体でした。そして、昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されたことから、旧字の「羽」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。昭和23年の時点では、旧字の「羽」は出生届に書いてOKだけど、新字の「羽」はダメだったのです。

昭和23年6月1日、国語審議会は当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表は、活字字体の標準となる形を手書きで示したものでしたが、「羽」は楷書体に近づける方向で新字体に変更されていました。昭和24年4月28日に当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「羽」が当用漢字となり、旧字の「羽」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある旧字の「羽」と、当用漢字字体表にある新字の「羽」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「羽」も新字の「羽」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「羽」も新字の「羽」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

それから30年あまりが過ぎ、昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表では、新字の「羽」が収録されました。旧字の「羽」は、カッコ書きにすら入っていなかったのです。昭和56年4月22日、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。旧字の「羽」はカッコ書きに入っていないので、今後は子供の名づけには認めない、と決定したのです。昭和56年10月1日、常用漢字表は内閣告示され、新字の「羽」は常用漢字になりました。同じ日に、旧字の「羽」は子供の名づけに使えなくなってしまいました。

ところが、全国の戸籍窓口では、旧字の「羽」を子供に名づけた出生届を、誤って受理してしまう事故が多発しました。誤って受理してしまった出生届をどうするのか。この問題に対し法務省民事局は、旧字の「羽」を誤って受理してしまった出生届は、新字の「羽」に改めるよう届出人に催告するが、それでも直してもらえなかった場合は旧字の「羽」のまま戸籍に記載する、と回答しました(昭和57年10月8日)。それが現在も続いていて、旧字の「羽」は出生届に書いてはダメなのですが、もし戸籍窓口が受理してしまった場合には、新字の「羽」に直してもらうようお願いしつつも、旧字の「羽」のまま戸籍に記載する、という運用になっているのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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