日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第94回 ゆるキャラについて

筆者:
2015年9月13日

さまざまな論者の「キャラ(クタ)」をめぐる話が続いているが(補遺第78回~),大事なものを忘れていた。「ゆるキャラ」である。

「ゆるキャラ」という語はみうらじゅん氏が作られて世に広まったという。みうら氏による「ゆるキャラ」の定義を(1)に挙げる。

(1)  ゆるゆるのキャラクターを「ゆるキャラ」と呼ぶことにした。ちょっと待って,ゆるキャラの皆さん,怒らないでよく聞いて。
 ゆるキャラとは全国各地で開催される地方自治体主催のイベントや,村おこし,名産品などのPRのために作られたキャラクターのこと。特に着ぐるみとなったキャラクターを指す。日本的なファンシーさと一目見てその地方の特産品や特徴がわかる強いメッセージ性。まれには,郷土愛(ラブ)に溢れるが故に,いろんなものを盛り込みすぎて,説明されないと何がなんだか分からなくなってしまったキャラクターもいる。キャラクターのオリジナリティもさることながら,着ぐるみになったときの不安定感が何とも愛らしく,見ているだけで心が癒されてくるのだ。

[みうらじゅん『ゆるキャラ大図鑑』pp.2-3, 扶桑社, 2004]

ここに現れている「ゆるい」とは,鋭敏な印象を与えず人をなごませる意の俗語である。このうち第1段落では「ゆるキャラ」が「ゆるゆるのキャラクター」のことだとされている。また,第2段落では「ゆるキャラ」が地方自治体主催のイベントや,村おこし,名産品などのPRのために作られたものとされている。

第2段落から察せられるのは,「ゆるキャラ」が,登場すべき物語を必ずしも伴わずに制作されるということである。何かをPRすべきキャラクタの設定が変に凝っていて,自身の物語など持っていたりすると,そっちの方に目移りがして,PR対象がぼやけてしまいかねない。

たとえば,「すだちくん」である。今でこそすだちくんは,さまざまな人々に出会い,徳島県の名産・すだちに限らず徳島県の全体をPRするという日々の活動によって自ら物語を作りだし,それをツイッターで語っているが(https://twitter.com/sudachikun_offi),デビュー(1993年の東四国国体,みうらじゅん『ゆるキャラ大図鑑』p.262, 扶桑社, 2004)の時点では,すだちくんには何の物語も与えられていなかった。「地方自治体主催」という枠からは外れるが,オリンピックのキャラクタなどにも同じことが言えそうだ。

だが,物語と共に制作される「ゆるキャラ」もないわけではない。たとえば,「アナグリ男」である。

アナグリ男とは何か? これは,シソウシの根本問題に関わる「ゆるキャラ」である。

シソウシと言うと,多くの読者は「思想史」としか思われないだろう。ここに兵庫県宍粟(しそう)市の悲劇がある。同市の名称は一般に馴染みがなく,「宍」(し)は「穴」(あな)に,「粟」(そう)は「栗」(くり)に間違えられてしまう。結果,「宍粟市」(しそうし)はしばしば「穴栗市」(あなぐりし)と読み違えられ,書き違えられる。これがシソウシの根本問題である。宍粟(しそう)市はこの問題を解決しようと,市政10周年を迎えた2015年4月1日には,「宍」と「穴」の違い,「粟」と「栗」の違いを強調したイメージロゴマークまで作成したというが(//www.sankei.com/west/news/150324/wst1503240036-n1.html),それで「穴栗市」という間違いが一掃されたという話は聞かない。

どうしてこんなことになってしまったのか。それはきっと,アナグリ男のしわざなのだ。アナグリ男とは宍粟市を「穴栗市」に変えてしまおうとする怪人である。宍粟市は千葉県の匝瑳(そうさ)市と難読市タッグを組み,アナグリ男を退治するショーをおこなったという。

と,このような具合に,「ゆるキャラ」の中には,物語(宍粟市を「穴栗市」に変えてしまおうとするが倒される)を背負って誕生するものもあるのである。(続)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。