タイプライターに魅せられた男たち・番外編第2回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(2)

筆者:
2015年9月24日

菊武タイプライター博物館(1)からつづく)

菊武学園タイプライター博物館のショーケース
菊武学園タイプライター博物館のショーケース

菊武学園タイプライター博物館には、「Remington Standard Typewriter No.2」も展示されています。ボディに「Manufactured by Standard Typewriter M’f'g Co. Ilion, N.Y. For Wyckoff, Seamans & Benedict, New York」と記されていることから、この「Remington Standard Typewriter No.2」は、1886年から1892年までの間に製作されたモデルだと推測されます。1882年8月設立のウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社が、E・レミントン&サンズ社からスタンダード・タイプライター・マニュファクチャリング社をスピンオフさせたのが1886年3月のことで、さらに、スタンダード・タイプライター・マニュファクチャリング社は、1892年1月から5月の間に、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社および新しいレミントン・スタンダード・タイプライター社に株式を転換して解散しているからです。

菊武学園の「Remington Standard Typewriter No.2」
菊武学園の「Remington Standard Typewriter No.2」

初期の「Remington Type-Writer No.2」(1878年発売)と違って、この「Remington Standard Typewriter No.2」は、前面の向かって左側に、プラテン・シフト機構を補助するバネが追加されています。バネを緩めた状態では、左下の「SHIFT KEY」を押すとその後は大文字が、右上の「SHIFT KEY」を押すとその後は小文字が、それぞれプラテンの前後移動によって印字される仕掛けになっており、初期の「Remington Type-Writer No.2」と同様の動作です。一方、バネを締めた状態では右上の「SHIFT KEY」は無効になり、左下の「SHIFT KEY」を押している間だけ大文字が、左下の「SHIFT KEY」を離すとその後は小文字が、それぞれ印字される仕掛けになっています。このプラテン・シフト機構により、38キーで76種類の文字を打ち分けられるのです。

「Remington Standard Typewriter No.2」のキー配列
「Remington Standard Typewriter No.2」のキー配列

この「Remington Standard Typewriter No.2」のアルファベットのキー配列は、「M」が「N」の右横に、「C」が「X」の右横にあって、いわゆるQWERTY配列になっていました。ただ、1882年12月時点でのキー配列と比較すると、左引用符(“)と右引用符(”)がまとめられて代わりに「#」が追加され、さらに「!」が「/」になっていました。

プラテンを持ち上げてタイプバーを見る
プラテンを持ち上げてタイプバーを見る

上面のプラテンを持ち上げると、中には38本のタイプバー(活字棒)が見えます。タイプバーはそれぞれがキーにつながっており、キーを押すとタイプバーが跳ね上がってきて、プラテンを下げた状態ならば、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。すなわち、この「Remington Standard Typewriter No.2」は、いわゆるアップストライク式のタイプライターで、プラテン下の印字面がオペレータからは見えません。ただし、1892年以前の段階では、印字面が見えるタイプライターは実用化されておらず、この「Remington Standard Typewriter No.2」も、かなり大きなシェアを誇っていただろうと思われます。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。