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漢字雑感 第7回 漢字の音と訓

2015年 10月 12日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字の音と訓

 漢字は、もともと中国語の単語を表しているものである。日本人の感覚からは、漢字が単語を表しているという考え方は理解しにくいかもしれない。日本語としてみれば、文字の一種と考えた方が理解しやすいからである。

 たとえば、「大きな花が咲く」の場合、「花」だけを見れば、漢字が単語を表しているように見える。しかし、「大きな」や「咲く」の場合、それぞれ一つの単語であるが、漢字「大」や「咲」だけをとると、単語の一部分を示しているように見える。「大花咲」では、日本語として成り立たない。

 日本語には活用する単語と活用しない単語がある。動詞・形容詞・形容動詞助動詞には、「歩」「冷たい」「静かだ」「(読ま)れる」などの下線部のように、活用とよばれる、語形が変化する部分がある。これに対して、名詞・代名詞・副詞・助詞などには、語形の一部が変化する、いわゆる活用がない。世界の言語には、中国語のように語の形を変えることのない言語と、日本語のように語の一部を変化させる言語とがある。このような言語を相互に対照させると、「步」と「歩く」、「大」と「おおきい(大きい)」のような関係になる。このため日本語では、漢字と仮名を組み合わせて単語を書き表す。名詞のように語形変化を伴わない語は、漢字だけで書くことも可能だが、語形が変化する語は、漢字と仮名を組み合わせて書く必要がある。

 漢字は語として考えれば、英語やフランス語などからの外来語と同じ性格を持っている。「本」には、中国語の発音を日本語として発音したときのものが付属する。ちょうど、英語の“book”にたいして「ブック」という日本語的に発音したものを付属させると、「本屋」は「ホンや」となる。たとえば、「駅の本屋」の場合は「エキノホンオク」であるが、書籍の小売店を考えれば、「駅のホンヤ」である。「オク」は、「屋」の中国語読みを日本語として発音したもので「音」と呼ばれ、書くときには、一般にカタカナによる。「屋」を「ヤ」と発音すれば、中国語の「屋」の訳語でもある、ヤを宛てたのである。これを「訓」と呼ぶ。なお、「本屋」は、今日、一般に、書店の意味で用いるが、一方、敷地内の中心となる建物、母屋を意味する「本屋」もある。これを、ともにホンヤと読む。同音異義語となるため、後者の意味でホンオクと読む場合もある。書店の意味のホンヤが広く通用している今日、一般的用語としては、同音異義語となる。このため両者を区別する必要もある。

 漢字は外国の文字であり外国語であったという点は大事な点である。

眼
ゲン  まなこ
ガン  め  

 音は、長い時間をかけて日本語に流れ込み、日本語化したものである。このため、日本語に入った時期における、中国語の発音を反映する結果ともなった。一つの漢字にいくつもの音が見られるのは、このためでもある。上記の「眼」におけるゲンとガンは伝来の時期の違いによって生じた音だと言っても良い。「大仏開眼」などの場合は、ダイブツカイゲンと読まれる。ゲンは、呉音と呼ばれ、仏教語などによく見られる読みである。一方、カイガンとよめば、漢音によって読んだものである。どちらも「開眼」と書くが、ガンと読むかゲンと読むかで意味が異なるのである。

 カイガン 目が見えるようにすること。
 カイゲン 仏教語。仏道の真理を悟ること。転じて、一般に芸道に悟りを開くこと。
  新たに作られた仏像・仏画に仏の魂を迎え入れ供養する儀式。

(『岩波国語辞典 第七版』2011)

 漢字には、一般に音と訓とがある。しかし、実際には、訓のみの漢字もあるのである。漢和辞書には、「国字」と表示されることが多いが、日本で作られた漢字である。たとえば、「辻(ツジ)」「躾(シツケ)」などが国字と呼ばれる。「働」も日本では国字と考えているが、中国では、中国で作られた文字だと考えている人もいるようだ。この字は、「辻」「躾」などとは異なり、「ドウ」という音も使われ、「動」に通じるからであろう。なお、『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂2011;初版は2000)によると、中国で清末(19世紀末ごろ)に使用されたことがあるという。日本の『大漢和辞典』に匹敵する、中国における、『漢語大字典』には「働」字は見えない。

 

 なお、漢字の呉音、漢音、唐音など音の種類分けは、漢字伝来の時期に基づくものである。ここに日本における漢字の伝来と摂取の歴史を見ることができる。次回は、このことについて取り上げたい。また、中国語の訳語として訓については、それ以後に取り上げたい。

 

【筆者プロフィール】

岩淵匡(いわぶち・ただす)
国語学者。元早稲田大学大学院教授。

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2015年 10月 12日