地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第341回 田中宣廣さん:手作りの方言小辞典

筆者:
2015年11月14日

この連載はテーマの副題を「方言みやげ・グッズとその周辺」としています。その理由は,方言の拡張活用の展開される源の用法であると考えられるからです。方言みやげ・グッズとは,方言を書いた観光みやげ(方言を書いた,のれんや湯呑み,絵はがき,他)などの「商品」です。お店とお客の間の売り物を買うという,はっきりとした関係があります。観光客歓迎の方言メッセージですと,そういう商取引を『促す』のにもよく使われています。

【写真1】秋田弁講座(クリックで全体表示)
【写真1】秋田弁講座
【写真2】おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁(クリックで全体表示)
【写真2】おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁

そこに最近目にするのが,手作り(手書き)の方言小辞典です。観光地のみやげ物店の店内に,方言を列挙して共通語訳などの説明を付けています。パソコンや情報ネットワークが発達した現代に,最も素朴な方法で作成しているのも興味深い事例です。2例挙げます。

はじめに,秋田県仙北市のJR[注1]角館(かくのだて[注2])駅です。模造紙を使い,駅待合室から入るとすぐ目に入る高い場所に掲示されている「秋田弁講座」です【写真1】。「いいふりこぎ」〔見栄っぱり〕,「ほんじなし」〔ぬけてる〕,「せば」〔じゃあ〕をはじめとする秋田の方言の代表例が30語列挙され,共通語訳と用例文が付いています。その下には,使用状況を説明したイラスト「食卓の秋田弁」もあります(ただし,こちらは印刷【写真1クリック】)。

もう一つは岩手県宮古市の宮古駅です。駅施設内でなく,JR山田線の駅と三陸鉄道北リアス線の駅の中間に位置しています。この連載の第101回「『市』を挙げての方言メッセージ~『おおきに』と『おでんせ』」でも紹介した店舗ですが,第101回での出入り口の例はなくなり,その替わりのように店内に掲示されています。やはり模造紙に手書きで作成されています【写真2】。こちらはタイトルも方言で,『おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁』〔おもしろい!! 思わず笑えてくる!! 宮古弁〕(「‐サル」=岩手県中北部で優勢な自発表現)としています。「あわぇーっこ」〔奥まった小路:第336回「『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~」で紹介〕,「えんずう」〔窮屈。しっくりこない〕,「とつこ」〔絡まる〕など,この方言の代表例が模造紙4枚に39語(タイトルの2語も入れれば41語)列挙されています【写真2クリック】。

こういう用例を取り上げたのは,手書き作成であることのほか,分類について考える必要もあるからです。売り物でないので買えませんが,方言グッズの一種と見なせます。方言提示の手法は,方言のれんなどと同様ですし,明らかに観光客に地域特性としての方言を理解していただく目的があるからです。方言メッセージの変種と考えてもいいかもしれません。

 * 

[注1]角館駅は,JR田沢湖線(秋田新幹線)と秋田内陸縦貫鉄道(通称,内陸線)の二つあり,両方とも方言メッセージでお出迎えしています。JRでは「えぐきてけだんし」〔よく来てくださいました〕,内陸線では「のってけれ内陸線」〔乗ってください内陸線〕です。

[注2]角館の現地発音について青年層(若者)では[カグダデ]です。高年層(年配者)では前鼻音が残っていて[カグンダデ]です。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。