日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第99回 「役割語」について

筆者:
2015年11月22日

用語「キャラ(クタ)」のさまざまな意味合いを整理してきたが,実は「役割語」についても,同様の整理作業が必要になりつつある。

今さらではあるが,おさらいをしておくと,もともと「役割語」とは金水敏氏によって作り出された用語で,次の(1)のように定義されていた。

(1) ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢,性別,職業,階層,時代,容姿・風貌,性格等)を思い浮かべることができるとき,あるいはある特定の人物像を提示されると,その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき,その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。

[金水敏2003『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店, p.205]

この人物像は像つまりイメージであって,実際の人物ではない。金水(2003)のタイトルにある「ヴァーチャル」とは,ただこのことを指したものである。現代日本語(共通語)社会の住人でない「異人たち」(本編第76回第77回)を指したものではないということ,たとえば「チキュウジンニ告グ」のように抑揚のない平坦口調でしゃべる宇宙人や,「拙者~でござる」などとしゃべる侍を指して「ヴァーチャル」と言われたものではないということ,ご本人に確認済みである。

そして,実際の人物は状況に応じて,実はしばしば,(ひそかに)人物像が変わっている。だからこそ私は,役割語を発する話し手像を「発話キャラクタ」として,キャラクタの観点から追求してきたのだった。

だが,最近の金水氏のご講演(たとえば「キャラクター言語から役割語へ」2015年2月17日,於大阪大学)では,金水氏は「役割語」の定義を変更され,これまで「役割語」であったものの一部を,「役割語」ではなく西田隆政氏の「属性表現」(人物の全体像ではなく部分的な側面の表現。西田隆政2010「「ボク少女」の言語表現:常用性のある「属性表現」と役割語との接点」『甲南女子大学 研究紀要』第48号,文学・文化編,pp. 13-22)とされている。

さあ,どうしよう? これまで「役割語」と呼んできたものを,今後は私も「役割語+属性表現」と呼び改めようか?

うーん,まだお話を聞いただけの段階だし,結論を出すのは難しいなあ。「役割語(旧定義による)」と表記しても,読者は「へぇ,役割語には旧定義と新定義があるんだ。で,定延は新定義が気に入らないの? どこが? なぜ?」と疑問を抱くだろうし,結局あまりわかりやすくはならないだろうなあ。

いっそ,「役割語」をやめてしまって,「キャラクタ発話」あるいは「キャラ発話」としようかなあ。

ということで,「キャラ(クタ)」だけでなく,「役割語」についても,えらいこっちゃなのである。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。