タイプライターに魅せられた男たち・番外編第7回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(7)

筆者:
2015年12月3日

菊武学園タイプライター博物館(6)からつづく)

菊武学園の「North's Typewriter」
菊武学園の「North’s Typewriter」

「North’s Typewriter」は、1892年から1905年頃にかけて、ロンドンのノース・タイプライター・マニュファクチャリング社が製作したタイプライターです。発明者はダン(Morgan Donne)とクーパー(George Beverly Cooper)の2人ですが、製作資金は「硝酸王」ノース(John Thomas North)が出資したことから、「North’s Typewriter」と名づけられています。

菊武学園の「North's Typewriter」左側面
菊武学園の「North’s Typewriter」左側面

「North’s Typewriter」の特徴は、プラテンの向こう側に屹立する39本のタイプバー(活字棒)です。タイプバーはそれぞれがキーにつながっており、キーを押すと対応するタイプバーが打ちおろされて(ダウンストライク式)、プラテンの上に置かれた紙の上に印字がおこなわれます。紙の上に印字がおこなわれるので、打った文字がその瞬間に見えるのです。ただし、プラテンがキーボードとタイプバーに挟まれているため、紙を丸めてプラテンの手前にセットする必要があります。また、打った後の紙はプラテンの向こうに吸い込まれていくため、実際には1~2行分しか見えない上に、打った後の紙を取り出すのが面倒という弱点があります。

菊武学園の「North's Typewriter」背面
菊武学園の「North’s Typewriter」背面

菊武学園タイプライター博物館が所蔵する「North’s Typewriter」は、いわゆるQWERTY配列で2段シフト39キーのモデルです。左下の「UPPER CASE」キーを押すと、プラテンが手前に移動して、大文字が印字されるようになります。「UPPER CASE」キーを離すと、プラテンが奥に移動して、小文字が印字されるようになります。この機構により、39キーで78種類の文字を打ち分けることができます。

菊武学園の「North's Typewriter」のキーボード
菊武学園の「North’s Typewriter」のキーボード

菊武学園タイプライター博物館の「North’s Typewriter」には、「2246」という製造番号が記されています。「North’s Typewriter」は年間300台程度の生産量だったことから、この「North’s Typewriter」は、1899年あるいは1900年の製造と推測されます。ノースは1896年に亡くなっていますので、この「North’s Typewriter」は、ノースの死後に製造された「North’s Typewriter」ということになります。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。