タイプライターに魅せられた男たち・番外編第11回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(11)

筆者:
2016年2月4日

菊武学園タイプライター博物館(10)からつづく)

菊武学園の「Empire Typewriter」
菊武学園の「Empire Typewriter」

「Empire Typewriter」は、ボストンのキダー(Wellington Parker Kidder)が発明した「Wellington Typewriter」を、モントリオールのウィリアムズ・マニュファクチャリング社が1896年から1924年頃にかけてライセンス生産していたものです。キダーは以前「Franklin Typewriter」も製作していましたが、「Wellington Typewriter」(および「Empire Typewriter」)では、それとは異なるスラスト・アクションという印字機構を採用しています。

菊武学園の「Empire Typewriter」のタイプバー(活字棒)
菊武学園の「Empire Typewriter」のタイプバー(活字棒)

「Empire Typewriter」では、プラテンの手前に、28本のタイプバー(活字棒)が扇形に配置されています。タイプバーはそれぞれがキーにつながっており、キーを押すと対応するタイプバーが、プラテンに目がけてまっすぐ飛び出します。これがスラスト・アクションという印字機構で、印字はプラテンに置かれた紙の前面におこなわれます。紙の前面に印字されるので、打った瞬間の文字を、即座に確認できるのです。

菊武学園の「Empire Typewriter」でVのキーを押した瞬間
菊武学園の「Empire Typewriter」でVのキーを押した瞬間

活字棒には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、84種類の文字が印字できます。「CAPS」を押すとプラテンが沈んで、大文字が印字されるようになります。「FIGS」を押すとプラテンがもっと沈んで、数字や記号が印字されるようになります。菊武学園タイプライター博物館が所蔵する「Empire Typewriter」では、28個のキーは、いわゆるQWERTY配列でした。スペースキーが逆T字形ではなく直線的なので、1904年以降に生産されたモデルだと推定されます。

菊武学園の「Empire Typewriter」のキーボード
菊武学園の「Empire Typewriter」のキーボード

菊武学園の「Empire Typewriter」は、残念ながら、あまりいい状態ではありません。各キーのうち、スラスト・アクションが正常に動作するのは、ごくわずかです。インクリボンを進めるための金属棒が、キーボード側に飛び出してしまっており、インクリボンが全く動きません。本体右側の「LOCK」キーは、本来は右端のマージンに関係するはずなのですが、これも動作しませんでした。

菊武学園の「Empire Typewriter」の「LOCK」キー
菊武学園の「Empire Typewriter」の「LOCK」キー

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。