古語辞典でみる和歌

第29回 「らむ」「けむ」を含む和歌

2016年10月4日

推量の表現を含む和歌:ひさかたの月の桂(かつら)も秋はなほ紅葉(もみぢ)すればや照りまさるらむ

出典

〈古今・秋上・一九四・壬生忠岑(みぶのただみね)

(ひさかたの)地上の木々ばかりでなく、月の世界にある桂の木も、秋にはやはり紅葉するので、月の光がいちだんと照り輝くのだろうか。

技法

「ひさかたの」は「月」の枕詞。

「月の桂も」の「も」は、他に類例があることを示す係助詞。地上の木々だけでなく、月の桂も、の意。「もみぢすればや」の「ば」は、順接確定条件の接続助詞。「や」は疑問の係助詞。「照りまさるらむ」の「らむ」は、現在理由推量の助動詞「らむ」の連体形で「や」の結び。

参考

月の世界には桂の木が生えているという中国の伝説をふまえ、秋の月の美しさを詠んでいる。


今月は、「らむ」と「けむ」を含む和歌を取り上げます。「む」が未来の事柄についての推量を表すのに対し、「けむ」は過去の事柄についての推量を、「らむ」は現在の事柄についての推量を表します。

以下に、和歌の例を取り上げます。末尾の( )内に、辞書での掲出項目をお示しします。

【らむ】

あきしのや外山(とやま)の里やしぐるらん生駒(いこま)のたけに雲のかかれる
〈新古今・冬・五八五・西行(さいぎやう)
[訳]秋篠(あきしの)の外山の里はいまごろしぐれているのだろうか。生駒山に雨雲がかかっているよ。
〔注〕初句の「や」は感動を示す間投助詞。二句の「や」は疑問の意の係助詞。「らん」は「らむ」に同じで、眼前にない現在の事柄を推量する助動詞。
[参考]「外山」は、里に近い山。「深山(みやま)」は、奥深い山。「端山(はやま)」は、連山の端の人里近い山。「秋篠」は奈良市秋篠町。「生駒」は奈良県と大阪府の境にある山。(「あきしのや」)


ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
〈古今・春下・八四・紀友則(きのとものり)〉/ 百人一首
[訳](ひさかたの)日の光がこんなにものどかな春の日に、どうして落ちついた心もなく桜の花は散っているのだろう
[技法]「ひさかたの」は「光」の枕詞。
〔注〕「花の散るらむ」の「の」は主格の格助詞。述語が言い切りとなる場合には、連体形終止になる。「らむ」は現在理由推量の助動詞「らむ」の連体形で、どうして…なのだろう、の意。
[参考]桜の花を擬人化して、散りゆく桜を惜しむ気持ちを詠んだ歌である。のどかな春の日と、しきりに散る桜を対比する。(「ひさかたのひかりのどけき」)

【けむ】

(あ)を待つと君が濡(ぬ)けむあしひきの山のしづくにならましものを
〈万葉・二・一〇八・石川郎女(いしかはのいらつめ)
[訳]わたしを待っていてあなたが濡れたという、(あしひきの)そういう山のしずくになれたらよかったのに。
[技法]「あしひきの」は「山」にかかる枕詞。
〔注〕「けむ」は過去に関する伝聞の助動詞「けむ」の連体形。「ましものを」は、反実仮想の助動詞「まし」に、逆接の助詞「ものを」が付いて、…だったらよかったのに、の意を表す。(「あをまつと…」)


よそにのみ聞かましものを音羽川渡るとなしにみなれそめけむ
〈古今・恋五・七四九〉
[訳]あの人のことは最初から他人事と思って聞くだけにしておけばよかったなあ。どうして(音に聞くという名を持つ)音羽川を渡る(=世間に公然と関係を示す)ことなしに、ひそかになじみはじめてしまったのだろう
〔注〕「音羽川」の「音」は「聞く」の縁語。「みなれ」は「見馴(な)れ」と「水(み)馴れ」の掛詞。(「けむ」)

筆者プロフィール

古語辞典編集部

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