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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第55回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会での右近衛陣の饗」を読み解く

2016年 11月 19日 土曜日 筆者: 倉田 実

第55回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会での右近衛陣の饗」を読み解く

場面:御斎会の折、右近衛陣(うこのえのじん)で饗(きょう)が行われているところ
場所:平安京内裏の校書殿(きょうしょでん)東廂・月華門(げっかもん)付近
時節:1月14日?

(画像はクリックで拡大)

建物等:①校書殿 ②月華門 ③安福殿(あんぷくでん) ④紫宸殿南庭 ⑤右近衛陣 ⑥油坏(あぶらつき) ⑦結び灯台 ⑧仮廂 ⑨檜皮葺屋根 ⑩釣り金物 ⑪二枚格子の上部 ⑫下長押 ⑬垂板敷(おちいたじき) ⑭西座 ⑮綱 ⑯半畳(はんじょう) ⑰丸高坏 ⑱机 ⑲溝蓋 ⑳瓶子(へいじ)盃 溝 橋 東土廂 北廂
人物:[ア] 弁か少納言 [イ]次将 [ウ]・[カ]公卿 [エ]親王か [オ]将監(しょうげん) [キ]官人 [ク]近衛府の武官 
着装等:Ⓐ下襲の裾 Ⓑ・Ⓗ太刀 Ⓒ平緒 Ⓓ浅靴 Ⓔ緌(おいかけ)の冠 Ⓕ壷胡簶(つぼやなぐい) Ⓖ弓

はじめに 今回は、内裏の殿舎の一つ、校書殿に置かれた右近衛陣での饗(供応)の様子をみることにします。この饗は、第3940回で扱いました御斎会(ごさいえ)の一環として行われました。御斎会については、これらの回をご参照ください。『年中行事絵巻』で御斎会は巻七に描かれていますが、右近衛陣の饗は、巻六に間違って入っています。

絵巻の場面 最初に、場面を確認しましょう。中心的に描かれているのが南北棟となる①校書殿で、②月華門を挟んだ南側(画面左)の③安福殿とともに④紫宸殿南庭の西側に位置していますので、西殿とも呼ばれました。画面はこの殿舎を東から西方向を眺めた構図になっていますので、描かれているのは、東側になります。校書殿東廂の南半分ほどには、⑤右近衛府用の陣(詰所)が置かれ、ここが饗の会場として使用されたのです。

 描かれた日は、七日間にわたった御斎会の最終日です。大極殿での儀(第39回参照)終わり、参加した公卿や運営に携わった官人たちが内裏に戻ってきて、この東廂で饗が供されました。さらに引き続いて清涼殿での内論議(うちろんぎ。第40回参照)となりますので、ここで食事という次第になったのでしょう。しかし、こんな狭い所で官人たち全員の饗などできませんので、多分に儀式的側面があったことになります。

 時間帯は、どうでしょうか。灯りが描かれていれば、夜の時間でしたね。その灯りは描かれています。室内の板敷に、三本の短い棒を結わえて開いた上に火の灯された⑥油坏(油皿)が見えますね。これは⑦結び灯台と言い、宮中の行事などでよく使用されました。

校書殿 続いて、校書殿について触れておきます。九間二間の母屋には、北と南に二間分の塗籠が作られ、中央五間分が納殿(おさめどの)とされました。ここが蔵となります。
 廂は北以外に付き、西廂には、貴重な書物や文書を扱う校書所(きょうしょどころ)があり、その任にも当たる蔵人所(くろうどどころ)も置かれました。校書殿が文殿(ふどの)とも呼ばれるのは、こうしたことに依っています。蔵人所とは、天皇側近として諸処の用をつとめる役所を言います。この一画には、出納(しゅつのう)や小舎人(こどねり)といった納殿の番をする下級職員が控えていました。

 東廂は、右近衛陣の他に、北側は「孔雀の間」と呼ぶ土間があり、以前にここで孔雀が飼われていたからと言われています。この北にさらに二間分の東廂がありました。

 南廂は、東廂の左から二間目の奥になり絵では壁で隔てられています。柱間が他より狭くなっている左端は、⑧仮廂とされています。

右近衛陣 さらに具体的に東廂の右近衛陣を見ていきましょう。⑨檜皮葺屋根の軒下から下ろされたL字形の⑩釣り金物に、⑪二枚格子の上部が掛けられています。下部は、饗のために取りはずされています。

 室内は、少し変わった構造になっていて、三つの部分に区画されているのが、お分かりでしょうか。左側の三間目から床が一段高くなっているのが見えますね。⑫下長押分の段差が作られているのです。しかし、この段差は奥の母屋との境まで届かず、その手前で低くなっています。これによって、⑬垂板敷(下板敷)と呼ぶ、低くなっている左二間分、母屋に沿って低くなった⑭西座の部分、そして、下長押の上の部分に三層化されるのです。これは、何のためでしょうか。もうお分かりですね。身分によって坐る場所を序列化するためでした(後述)。

 下長押の上方には、⑮綱が垂れているのが描かれています。この綱は、上長押の上を通して西廂に続いていて、そこには鈴が付けられていたと思われます。東廂で綱を引くと、西廂の鈴が鳴り、控えている小舎人などを呼ぶ合図にしたのです。これとは別に、西廂から清涼殿南側にも綱が引かれていて、こちらは鈴の綱と呼ばれていました。東廂の綱も、同じように鈴の綱と呼ばれたと思われます。

饗に着く官人たち それでは序列化された室内の官人たちを確認しましょう。坐る場所は、次のように決められていました。⑬垂板敷に北向きに坐るのは三等官の[ア]弁や少納言、⑭西座はここでは空席ですが、四等官の外記(げき)か史(さかん)、垂板敷に西向きに坐るのは二等官の[イ]近衛の次将(中将・少将)、一段高い所で対座するのが[ウ]公卿で、[エ]親王は東向きに坐りました。四等官制の身分の違いが見事に視覚化されていますね。

 官人たちは皆黒袍の束帯姿で、Ⓐ下襲の裾を引き、Ⓑ帯剣している者もいます。それぞれ⑯半畳に坐り、公卿の前には⑰丸高坏、垂板敷に坐る人の前には⑱机が置かれ、料理が並んでいます。この饗では三献後に薯蕷粥(芋粥。いもがゆ)が供されましたが、まだ一献なのかもしれません。

 画面右側には、⑲溝蓋にいる者の⑳瓶子(酒瓶)から盃に酌を受けた様子が描かれています。これを近衛府の[オ]将監(三等官)から次将が酌を受けているとする説がありますが、どうでしょうか。受けているのは[カ]公卿と思われます。四位や五位となる次将は、継酌(つぎしゃく)と言って、身分の低い者にかわって、王卿に献盃することになっていました。ですから酌を受けているのは、次将ではなく公卿と思われます。しかし、献杯しているのは、次将ではなく、将監のようです。

 盃を持つ公卿の左横は壁のように見えますが、ここには壁はなく、左側と続いていたようです。模写した絵師が描き忘れたのかもしれません。

月華門・安福殿 さらに見ていない画面を確認しましょう。二人の[キ]官人が入ってきた門が②月華門で、南庭東側の日華門と相対しています。門内の溝には橋が架けられています。この官人は右近衛陣の饗にこれから加わるのかもしれません。Ⓒ平緒を下げ、Ⓓ浅靴をはいています。

 月華門の左が③安福殿でした。侍医などが控えた薬殿(くすどの)があり、造酒司(みきのつかさ)と主水司(もんどのつかさ)の者が出向していました。手前に見える所は、東土廂、その奥は北廂になります。

 安福殿の手前にたむろしているのは、近衛府の[ク]武官たちです。Ⓔ緌の冠をかぶり、Ⓕ壷胡簶を背負い、Ⓖ弓を持ち、Ⓗ帯剣しています。

この画面の意義 この画面は、校書殿の東廂を描いています。実は、第12回の賭弓でも校書殿が描かれていましたが、幔で隠されて、わずかしか見えませんでした。しかし、今回の場面では東廂だけとは言え、階層化された室内が描かれて貴重でした。

 饗の様子は、第51回の射遺、第52回の中宮大饗でも扱いましたが、これらとは違った席次となっていました。下長押分だけわざわざ高くする室内の仕組みは、貴族社会に身分規制がいかに徹底していたかが窺われるのです。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回は、第54回で予告しておりました、「大臣大饗」の場面です。54回では拝礼の場面でしたが、次回は酒宴の途中の場面を採り上げます。ご一緒に、東三条邸の酒宴の場面に参入しましょう。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

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2016年 11月 19日