2017年 1月 のアーカイブ

漢字の現在:河津で出会った個人文字と方言漢字

2017年 1月 30日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第296回 河津で出会った個人文字と方言漢字

 もうすぐ中学生になる次男は、これまでにじっと止まっているポニー、韓国の済州島の馬に乗ってきたので、大人の背丈ほどもある馬に挑戦させる。自分の名前がカタカナの馬名の中に入っている白馬に親しみを覚えていたが、その隣の馬になった。

 怖じ気づいていたが、準備が進むと覚悟を決めて乗馬した。プロの方が横にちゃんと着いてくれているので安心だ。

 何周か回って記念撮影をした後に、切った人参をあげてみる。おねだりの仕方が一頭ごとに違っていて、この時ばかりは馬の人気者になった。家で飼いはじめたジャンガリアンというハムスターと、大きさは違いすぎるが食べ方はよく似ている。人参は、甘いのでおやつかデザートのようなものだそうで、大きな音をたてて噛む。人参好きは兎と同じで、漫画のようによく食べた。

 

 お会計の時に、領収書に内訳を書き込む前に、施設内の書類に何か○付きの文字を書き込んだのが気になった。手早く机のひきだしの中にしまってしまったそれを再度見せてもらう。何か疑念を抱いた客、と勘違いされかねない不審な要望に戸惑いながらも、見せてくれた。

 業界ごとの文字を、趣味というか仕事というか、調べていまして、と話すと、大学かどこかで?と得心してくださったようで、その用紙の写真まで撮らせてくれた。前のページもめくらせてもらった。

 「○に保」は保険の意味、奥さんは○がなく「保」だけしか書かないという。「レンタル」を奥さんは「レ」としか書かない、分かりゃいいから、と笑う。どちらが記入したかがそれで分かりそうだ。この日常の表記が、業界の文字なのか、いや個人文字なのか、興味が尽きない。

 「厩舎」の「厩」はもとは「廏」だったために異体字が多くできたのだが(かつて朝日新聞を調べたときには、ちょうどそのことが記事になったために、7種類ほどが紙面に表れていた)、どれも煩瑣だ。先の表示板では「厂に既」と略されていた。「厂にQ」という位相文字が競馬業界の人々や大学の馬術部員などの間の手書きの場面で広まっているのだが、別れの挨拶をした後で思い出したので、それも伺えば良かったと少し後悔する。

 

 伊豆の山々は、子供も「絶景」という。切り立った崖がそびえるところも壮観だ。

 いよいよ「河津七滝(だる)」の入口に着く。「水垂」という地名だが、それは「ミズタレ」と読む(前々回)。

 30から40分の行程という。下り道とはいえ、階段や吊り橋があるとは聞いたが(知っていたら、老母を連れていくのは断念した)、実際には段数がなかなか多く、遊歩道と呼びうるのどかなところは稀で、年老いた人や大荷物の人は少し大変そうだった。ただ30年程に比べると、山道がかなり整備されているそうだ。

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蛇滝(へびだる) 蛇滝(へびだる)看板
蛇滝(へびだる)

 

 ここでは、「○○滝」はすべて「○○だる」と読む。地元の人たちに確かめると、この地では、タキをタルと呼ぶ、ときまって答える。ただ、普通名詞の「滝」まで「タル」と呼ぶわけではない。運転士とのやり取りを聞いていた子は、「鯉の滝登り」もここでは「鯉のタル登り」というのか、と言うが、もちろん諺にも及んではいない。

 奈良時代の「垂水(たるみ)」という語は、現在でもときに語形や表記を変えて方言や地名として各地に残っている。関西のテレビ番組の収録に加わったときに、筒井康隆氏が神戸などの垂水は滝の意かとお尋ね下さった。漫画家の江川達也氏も地名にあるとおっしゃっていた。ただ、こういう場面は編集でカットされるのが常だ。

 その「タル」の語が少なくとも江戸時代の頃には、この辺りの方言として使われていて、滝の名となって「滝」という漢字がやがてあてがわれたのであろう。

 「滝」は、中国では固有名詞(音はソウ)のほか、ロウと読めば急流を指すことがあった。そのため、日本でも古くは急流を意味したタキという訓が付与され、和語の語義が急流から崖を下るような瀑布へと変化して、国訓となったものだ。

 穏やかに見える流れもあれば、激しくしぶきを立てる滝もある。川の水の色を変えるきれいな一帯もあった。この流れの中に「鮎」などの魚や「ズガニ」という蟹が住むとは想像しにくいが、それらの文字を何度か目にした。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)。

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「河津で出会った位相文字」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

人名用漢字の新字旧字:「无」と「無」と「𣠮」

2017年 1月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第125回 「无」と「無」と「𣠮」

125nothing-old.png新字の「无」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「𣠮」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「無」が当用漢字になってしまったからなのです。なお、「无」と「𣠮」の新旧には議論があるのですが、ここでは「无」を新字、「𣠮」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、火部に俗字の「無」が収録されていましたが、新字の「无」や旧字の「𣠮」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも俗字の「無」だけが含まれていて、新字の「无」や旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、火部に俗字の「無」が含まれていて、新字の「无」や旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、俗字の「無」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、俗字の「無」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には俗字の「無」が収録されていたので、「無」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「无」や旧字の「𣠮」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「无」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が106回でした。この結果、新字の「无」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。一方、旧字の「𣠮」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、追加対象になりませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「无」と俗字の「無」を含んでいました。しかし、入国管理局正字にも、旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「無」に加え、新字の「无」も書けるようになりましたが、旧字の「𣠮」はダメなのです。これに対し、日本人の子供の出生届には、俗字の「無」はOKですが、新字の「无」や旧字の「𣠮」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

漢字の現在:河津で出会った位相文字

2017年 1月 23日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第295回 河津で出会った位相文字

 旅館の風呂場の前に貼られた紙には、字を書き慣れていると分かる筆跡があった。「○○へ」に「ノノ」が加わることはしばしばある(第54回「サンタさんへ」:「へ」に点々?)参照。文末ではなく文中にあるのは、やや珍しい。赤塚不二夫先生は色紙に、これを使わずに「江」と書いていた(前回)。この貼り紙では、「人」にも「ノノ」が加わっている。1枚にその2字が同居するのは珍しい。女湯の前の(もちろん中ではない)貼り紙でも同様だった。

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「へ」と「人」にノノ
「へ」と「人」にノノ
慣れた手書きが心地よい。
「必」の筆順は独自のものかもしれない。
「浴」は二水のように見える。

 部屋で聞こえるのは、七滝から続くとみられる川のせせらぎだけと静かで、料理も海の物山の物が程よく、とくに昭和世代は大満足だ。平成生まれは、テレビの局数が少ないという。

 夜に散歩に出ようとしたら、真っ暗闇で危なくて先に進めないので、夜空を見上げてみた。目が慣れてくると、星々の微かな煌めきに満たされていたことに気づく。まるでプラネタリウムのようだ、と感じてしまうのは、都会生まれの悲しい性分である。正月は空気が澄んでいて、車窓からの海の眺めもまた美しかった。

 

 河津で泊まった翌朝、旅館の窓から、伊豆の山並みと清流の間に、馬に乗った人の姿が見えた。近くに馬場があるようだ。事前には、最低限の下調べだけをしておいたが、誰もスマートフォンなど持ってきていないので、後は現地の人の温情と勘だけが便りとなる。

 おかみさんに聞くと、馬に乗らせてもらえるという。子供には良い経験になるので、帰り道に寄ってみた。

 そこに辿り着くまでの何てことのない坂道が老人には厳しいようだった。安くて甘い土産用のみかんなどの荷物を預かる。平地に着くなり、放し飼いされた大きな犬が向かってくる。犬が苦手な私には怖い瞬間だ。

 そこはこぢんまりしたきちんとした乗馬クラブだった。あてのない旅の偶然の事情を話すと、サラブレッドだった馬を見学させてくれた。見ているだけでは物足りなくなって、馬の長い顔を触ったりしだす。途中から馬が怒り始めて、母は手を軽く噛まれた。馬にも挨拶が必要なのだそうだ。

吭搦
吭搦

 厩舎には、説明書きが貼ってある。「せん馬」、これは以前新聞の外字を調べたときに覚えたので分かる。去勢された馬のことで、「騸=馬偏に扇」だ。ほかに、「口偏に亢」という字を使った「吭搦左」というのもある。これは何だろう。1字目は確かのど、のどぶえ、2字目はカラメだが。

 そこで働く同年代くらいの男性に尋ねてみた。少し考えて、のどだったかな、とのこと。3字目に「左」とあるが、もし「二」とあれば、つむじが2つあるということ、と説明をしてくれた。よく見ると、喉もとに確かに旋毛のようなものがあった。

 財団法人日本軽種馬登録協会に「馬の毛色及び特徴記載要領」というものがあったようで、それを引用する公益社団法人日本馬事協会「馬の毛色及び特徴記載要領」(第7版、リンク先はPDF)を、今ネットで見てみると、この2字は「ふえがらみ」と読み、「咽喉及び頸の下縁(頸溝より下)で、頭礎から下、頸の上方約1/3以内にある旋毛」を指すそうだ。この昭和51年2月1日に設定され、平成23年11月1日まで改訂されてきた資料には、一時期テレビ番組などで流行った「鬣」(たてがみ)はもちろん、「鬃」(まえがみ)、「鬐甲」(きこう)という難字まで使われている。

 「膁」は何度も出てくるが、振り仮名がない。漢和辞典によれば、ケンで、家畜の肋骨と腰骨との間の軟らかくへこんだ部分という。改めて馬の図を見ると、より狭い範囲を指しているようにも映る。

 古代の中国人は、さすがによく動物を観察し、さまざまな部位に命名を重ねてきたものだ。ただ、「頬辻(丶は一つ)」(ほほつじ ほほにある旋毛)には、「辻」という国字が使われており、日本的な表現も残っている。ほかに、「唇白」という特徴もあり、そういえば『大漢和辞典』の字訓で、「くちのくろいうま」(「駯=馬偏に朱」)など、そのような長く細かいものがあった。

 今は、チップを埋め込んで個体識別をするようになっているが、こうしたことばで特定する方法が残っているそうだ。そういえば年末に来た女性銀行員は、ノートパソコンに顔をあてがっていて、顔認証なんです、と笑った。

 知らない業界のことばと文字は、際限なくあることを改めて思い知る。馬であっても蛇の道は蛇、正月らしく言うならば餅は餅屋。いくら漢字を研究していると言っても、その道を究めている人には叶うはずがない。それぞれの専門家に、このように事実をうかがえることが嬉しい。

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『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)。

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「伊豆の河津の方言漢字」でした。

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(20)

2017年 1月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第30回

菊武学園タイプライター博物館(19)からつづく)

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園タイプライター博物館には、「American Model No.8」も展示されています。「American Model No.8」は、アメリカン・タイプライター社が1908年頃から1915年にかけて、コネチカット州ブリッジポートで製造していたタイプライターです。キーボードはQWERTY配列で、27個のキーに81種類の文字が搭載されています。左上の「FIG」キーを押すと、プラテンが奥の方に移動して、記号や数字が印字されるようになります。その下の「CAP」キーを押すと、プラテンが手前に移動して、大文字が印字されるようになります。ただし、「American Model No.8」はアップストライク式タイプライターであり、印字はプラテンの下に挟まれた紙の下面におこなわれます。

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

プラテンを持ち上げると、すぐ下にはインクリボンがあり、その下に27本の活字棒が見えます。活字棒には、それぞれ記号(数字)・小文字・大文字の3種類の活字が埋め込まれており、これによって81種類の文字を印字できるのです。アップストライク式タイプライターでは、印字中の文字はオペレータからは見えません。間違わずに文章を打てているかどうか確認するためには、いちいちプラテンを持ち上げて、印字面を確かめるしかないのです。

菊武学園の「American Model No.8」背面

菊武学園の「American Model No.8」背面

「American Model No.8」には、左右のマージンを設定する機能もあり、本体の背面に、マージンセッターが左右2つ準備されています。ただ、ヤヤコシイことに、左側のマージン(行頭の紙あき幅)を、オペレータから見て右奥のマージンセッターで設定します。一方、右側のマージン(行末の紙あき幅)は、左奥のマージンセッターで設定します。左奥のマージンセッターにはベルが付いていて、行末の5文字前でベルが鳴る仕掛けになっています。

「American Model No.8」は、1910年代という時代を考えると、すでに時代遅れともいえるデザインのタイプライターでした。印字面がオペレータから見えず、マージンの設定も左右逆で、ユーザ・インターフェースがあまり良くなかったのです。アメリカン・タイプライター社の社主だったペイン(Halbert Edwin Payne)は、1915年8月にアメリカン・タイプライター社を閉鎖し、「American Model No.8」の製造も幕を閉じたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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漢字の現在:伊豆の河津の方言漢字

2017年 1月 16日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第294回 伊豆の河津の方言漢字

 静岡県は伊豆半島の河津(かわづ)に出掛ける。正月は、桜にはまだ早く、意外と寒く訪れる人も少ない。

(画像をクリックすると全体を表示します)
開
開(文字通り、中の鳥居のような部分が
発の下部のように開いており、身を以て
開くことを示している)
水垂
七滝
水垂
露天風呂
露天風呂

 JRは伊東駅までで、そこから先は運転手も車掌も交替し、伊豆急線に入る。車体はどこか古く、トイレの鍵の「開・閉」の字体も面白みがある。

 特急で終点の下田の一つ手前の河津駅で降りる。「かわづ」と「づ」というひらがながそこここにあって目に付く。

 駅前のバス停の表示板では、「水垂(みずたれ)」というバス停の「垂」が横画が1本多い。ありがちな共通誤字だが、他の字から類推を働かせる心理からは、納得できるものである。

 今春は旅行どころではない長男とその母を東京に置いて、私の母と次男とやってきた。予約が遅いものだから、あいている宿が少なく、たまたま予約が取れたそこは、河津にあり、「七滝」と書いてナナダルと読む地となったのは、幸いだった。そこには「七滝」が振り仮名もなくあちらこちらに記されている。当地では、当たり前の読み方なのだ。

 西村京太郎のミステリーには、『伊豆・河津七滝に消えた女』があるそうなので、伊豆の人、旅行好き、地理好きのほか、推理小説ファンは、よく読めるという位相があるのかもしれない。

 バスは西湯ヶ野という停留所で降車する。一つ手前の湯ヶ野行きのチケットでも、料金は同じなので大丈夫とのこと、アバウトな感じがのどかでいい。

 旅館は、昭和の風情が色濃く残る温泉宿で、案内された部屋には、赤塚不二夫先生の直筆の色紙が残されており、きちんと飾ってあった。おかみさんは、幼いころに見た赤塚さんの顔は覚えているという。漫画を書く、学生のような若い人たちと一緒に訪れたそうだ。

 そこには露天風呂があるとのこと、次男と行ってみる。途中のトイレの「殿方」を小学6年生が「とのがた」と読んだ。「殿」は中学で習うことになっている漢字だが、すでに何かで覚えていた。そこに記された「露天風呂」の4字、手書きの略字や異体字には個性が滲み出ていて、味わいがある。この下の「一」が長い「天」は×だとする採点もあったが、昨年の2月に文化庁が出した指針(私は副主査として関わった)が浸透すれば、そうした窮屈な意識から解放される。

 その露天風呂は、川を挟んだ民家の窓からは丸見えのようだが、やはり風情がある。ただ脱衣所が吹きさらしで寒いものは寒い。早々に、室内の温泉に戻る。

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『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)。

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「薄れゆく風呂屋の文字」でした。

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人名用漢字の新字旧字:「図」と「圖」

2017年 1月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第124回 「図」と「圖」

旧字の「圖」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。俗字の「图」は、「圖」の「啚」の代わりに「冬」を入れた形声文字ですが、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。新字の「図」は、「图」がさらに省略されたと推測される文字ですが、常用漢字なので子供の名づけに使えます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の囗部には「圖」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「図」が添えられていました。「圖(図)」となっていたわけです。簡易字体の「図」は、「圖」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表では、囗部に「図」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「圖」が添えられていました。「図(圖)」となっていたのです。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「図」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「図」が収録されていたので、「図」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「圖」や俗字の「图」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「図(圖)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「図」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「圖」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「圖」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「圖」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が79回でした。この結果、旧字の「圖」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。一方、俗字の「图」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、追加対象になりませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「図」と旧字の「圖」を含んでいました。しかし、入国管理局正字にも、俗字の「图」は含まれておらず、「図」もしくは「圖」への書き換えが強制されました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「図」に加え、旧字の「圖」も書けるようになりましたが、俗字の「图」はダメなのです。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「図」はOKですが、旧字の「圖」や俗字の「图」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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モノが語る明治教育維新―第6回

2017年 1月 10日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第6回

 九九は九九でも割り算九九。江戸からの贈物。

 数ある掛図の中でも現代人が最も頭を捻るのが、この除算九九図でしょう。九九と言えば掛け算の乗算九九しか思い及ばず、インド式二桁掛け算に驚いているようでは、祖先の知恵に対して失礼というもの。ぜひ、頭に汗かいてこの掛図と格闘してみてください。

 明治9年発行の『師範学校改正小学教授方法』によれば、「右の行の一より九までを上の段の一より九までにて割る時は其下に書たる数となる 其読法は上の一を以て右の行の一を割る時は次の行の十分となる 又上の段の二にて右の行の一を割る時は五分となる 其下の二も三も同じ理にて三を五つにすれば六分となるが如し 日本算なれば(二一天作ノ五)(三一三十ノ一)(四一二十ノ二)(五一加一)と呼ぶ是なり」とあります。

 つまり、上の段の1~9は除数(割る数)、縦の1~9は被除数(割られる数)、交わったところの数字(基本、商と余りです)を暗記するわけですが、これは算盤を使って割り算計算するときに暗誦した割声(わりごえ)「八算」を明治8年東京師範学校が表にしたものなのです。和算の往来物(教科書)で江戸期のベストセラー数学書『塵劫記(じんこうき)』には、必ずこの八算が記載されており、江戸の人が割り算計算する際の必須アイテムでした。『小学教授方法』に日本算と記されているのがこの八算のことで、「二一天作の五」つまり、二でもって一を割ると五分になる、という意味の割声は少し前まで多くの日本人の知るところでした。ちなみに進退窮まった時に使う「二進(にっち)も三進(さっち)もいかない」という言い回しも、八算の2でも3でも割り切れない、というところからきています。

 一度この表を暗記すれば、除数が1桁なら指が自然と動いて珠算が出来るようになります。

 例えば12345÷3の場合

 まず「三一三十ノ一」(万の位の1を3で割る)と唱えながら、万の位を3に直し、千の位の2に余り1を加えると次のようになります。

次に、「三進が一十」(千の位の3を3で割る)、千の位の3から3を引き0にして、万の位に1を足します。

そして、「三進が一十」(百の位の3を3で割る)で同様に百の位についても3を0にして、千の位に1を足します。

それから、十の位の4を3と1に分けて計算します。「三進が一十」(十の位の4のうち3を3で割る)で十の位から3を引いて百の位に1を足すとこのようになり、

「三一三十ノ一」(十の位の残り1を3で割る)で、十の位の1を3に直し、一の位の5に1を足すと、次のようになります。

さらに、一の位の6を3と3に分けて考え、「三進が一十」(一の位の6のうち3を3で割る)でこのようになり

「三進が一十」(一の位の残り3を3で割る)で一の位の3から3を引いて0にして、十の位に1を足します。

つまり、答えは4115となるわけです。声に出しながら玉をはじいていくとなかなか気持ちが良いものです。

 明治5年頒布された『学制』には「算術九九数位加減乗除 但洋法ヲ用フ」とあり、算術は洋法即ち筆算(暗算・珠算ではなく、数字を書いて計算すること)を教えるように指示していますが、江戸期から受け継がれた珠算の便利さは文明開化も何のその、どっこい生き残ったわけです。

◆この連載の目次は⇒「モノが語る明治教育維新」目次へ

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

人名用漢字の新字旧字:干支と人名用漢字

2017年 1月 5日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

特別編:干支と人名用漢字

今年2017年の干支は、丁酉(ひのととり)。さて、干支すなわち十干十二支の漢字は、子供の名づけに使えるのでしょうか。

十干は、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)の漢字が、10年周期で巡っています。十二支は、子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)の漢字が、12年周期で巡っています。これら22の漢字のうち、当用漢字表に含まれていたのは、甲・乙・丙・丁・己・辛・子・午・未・申の10字だけでした。1948年1月1日の戸籍法改正で、残りの12字(戊・庚・壬・癸・丑・寅・卯・辰・巳・酉・戌・亥)は、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。ちなみに、1948年の干支は戊子(つちのえね)でした。

1951年5月14日、国語審議会は人名漢字に関する建議を発表し、丑・寅・卯・辰・巳・酉・亥を含む92字を、子供の名づけに使えるよう提案しました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、結果として、十二支の漢字のうち戌を除く11字が、出生届に書いてOKとなりました。ちなみに、1951年の干支は辛卯(かのとう)でした。

2004年3月26日、法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(2004年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(2000年3月)、全国の出生届窓口で1990年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。戊はJIS第1水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が260回でしたが、全国50法務局中で出生届を拒否された管区はありませんでした。庚は第1水準漢字で、頻度数が271回で、4つの管区で出生届を拒否されていました。壬は第1水準漢字で、頻度数が418回で、5つの管区で出生届を拒否されていました。癸は第2水準漢字で、頻度数が135回で、1つの管区で出生届を拒否されていました。戌は第2水準漢字で、頻度数が193回で、出生届を拒否された管区はありませんでした。

2004年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申しました。この488字には、戊・庚・壬が含まれていましたが、癸・戌は含まれていませんでした。癸と戌は「常用平易」だと認められなかったのです。9月27日の戸籍法規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、干支の漢字22字のうち20字が、出生届に書いてOKとなりました。癸と戌は、現在も子供の名づけに使えません。癸戌(みずのといぬ)という干支が存在しないことが、不幸中の幸いと言えるでしょう。ちなみに、2004年の干支は甲申(きのえさる)でした。

なお、西暦から干支を計算する場合は、甲子(きのえね)は西暦を60で割った余りが4になる、ということを覚えておくと便利です。それはすなわち、十干が甲の年は西暦の末尾が4で、十二支が子の年は西暦を12で割った余りが4だということです。ただし、太陰暦と西暦はピッタリ一致しないので、その点は注意して下さいね。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

2017年 謹んで新年のお慶びを申し上げます

2017年 1月 1日 日曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

東京国際ブックフェア出展 2016年も 小社の出版物・サービスに格別のお引き立てを賜り ありがとうございます。

 どうか 本年もかわらず 小社の辞事典をご愛顧いただければ幸いでございます。

 当サイトも 引き続き ことばと辞書に関する情報をご提供してまいりたいと存じます。

  平成29年 元旦

(写真は2016年9月に東京国際ブックフェアに出展した際のもの)

【小社冬期休業期間のお知らせ】

1月4日まで冬期休業期間のため、お問い合わせ等への対応は1月5日以降になります。ご了承くださいますようお願い申し上げます。

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