« 人名用漢字の新字旧字:「図」と「圖」 - タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(20) »

漢字の現在:伊豆の河津の方言漢字

2017年 1月 16日 月曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第294回 伊豆の河津の方言漢字

 静岡県は伊豆半島の河津(かわづ)に出掛ける。正月は、桜にはまだ早く、意外と寒く訪れる人も少ない。

(画像をクリックすると全体を表示します)
開
開(文字通り、中の鳥居のような部分が
発の下部のように開いており、身を以て
開くことを示している)
水垂
七滝
水垂
露天風呂
露天風呂

 JRは伊東駅までで、そこから先は運転手も車掌も交替し、伊豆急線に入る。車体はどこか古く、トイレの鍵の「開・閉」の字体も面白みがある。

 特急で終点の下田の一つ手前の河津駅で降りる。「かわづ」と「づ」というひらがながそこここにあって目に付く。

 駅前のバス停の表示板では、「水垂(みずたれ)」というバス停の「垂」が横画が1本多い。ありがちな共通誤字だが、他の字から類推を働かせる心理からは、納得できるものである。

 今春は旅行どころではない長男とその母を東京に置いて、私の母と次男とやってきた。予約が遅いものだから、あいている宿が少なく、たまたま予約が取れたそこは、河津にあり、「七滝」と書いてナナダルと読む地となったのは、幸いだった。そこには「七滝」が振り仮名もなくあちらこちらに記されている。当地では、当たり前の読み方なのだ。

 西村京太郎のミステリーには、『伊豆・河津七滝に消えた女』があるそうなので、伊豆の人、旅行好き、地理好きのほか、推理小説ファンは、よく読めるという位相があるのかもしれない。

 バスは西湯ヶ野という停留所で降車する。一つ手前の湯ヶ野行きのチケットでも、料金は同じなので大丈夫とのこと、アバウトな感じがのどかでいい。

 旅館は、昭和の風情が色濃く残る温泉宿で、案内された部屋には、赤塚不二夫先生の直筆の色紙が残されており、きちんと飾ってあった。おかみさんは、幼いころに見た赤塚さんの顔は覚えているという。漫画を書く、学生のような若い人たちと一緒に訪れたそうだ。

 そこには露天風呂があるとのこと、次男と行ってみる。途中のトイレの「殿方」を小学6年生が「とのがた」と読んだ。「殿」は中学で習うことになっている漢字だが、すでに何かで覚えていた。そこに記された「露天風呂」の4字、手書きの略字や異体字には個性が滲み出ていて、味わいがある。この下の「一」が長い「天」は×だとする採点もあったが、昨年の2月に文化庁が出した指針(私は副主査として関わった)が浸透すれば、そうした窮屈な意識から解放される。

 その露天風呂は、川を挟んだ民家の窓からは丸見えのようだが、やはり風情がある。ただ脱衣所が吹きさらしで寒いものは寒い。早々に、室内の温泉に戻る。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「漢字の現在」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「漢字の現在」目次へ

【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)。

* * *

【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「薄れゆく風呂屋の文字」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

2017年 1月 16日