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『日本国語大辞典』をよむ―第5回 オノマトペ③:オノマトペの「揺れ」

2017年 4月 9日 日曜日 筆者: 今野 真二

第5回 オノマトペ③:オノマトペの「揺れ」

 筆者の勤務している大学の学科では卒業論文が必修科目になっている。オノマトペは学生が興味をもちやすいテーマで、オノマトペをテーマにして卒業論文を書きたいと申し出る学生が少なくない。そんな時に必ずといってよいほど話題にのぼるのが宮沢賢治だ。

 『風の又三郎』は次のような歌で始まる。

どっどど どどうど どどうど どどう、

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんもふきとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 また「月夜のでんしんばしら」には「ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし ドッテテドッテテ、ドッテテド でんしんばしらのぐんたいは きりつせかいにならびなし。」という「軍歌」がみられる。「どっどど どどうど」は風の音を表現している擬音語のようでもあるし、風の強さを表現している擬態語のようでもある。なんとなくではあるが、「雰囲気」は伝わってくる。しかしそれはやはり「雰囲気」に留まるのであって、その「雰囲気」の受け取り方は「読み手」によって、少しずつ異なる可能性がある。

 前回オノマトペの「揺れ」と表現したのはそのようなことだ。擬音語であれば、何らかの「音」をもとにしてうまれるのだから、そうしてうまれたオノマトペは、多くの人がすぐに理解することができ、多くの人が共有できるはずだ。実際にそういうオノマトペも多い。しかし、最初に「音」をどのように、言語音としてキャッチするか、というところに「個性」がはたらくともいえ、その「個性」がユニークな人はユニークなオノマトペをうみだす。だから、オノマトペであれば、すぐにわかる、とばかりはいえない。

 『日本国語大辞典』にもたくさんのオノマトペが載せられている。小型の国語辞書では、オノマトペに多くのページをさくことはできないだろう。だから、これは大型辞書である『日本国語大辞典』の特徴の1つといってもよいかもしれない。さて、みなさんは次のオノマトペがどんな「雰囲気」を表現しているかわかるでしょうか。「セリセリ」「ソイソイ」「ソゴソゴ」「ソッソ」「ゾベゾベ」。答はこちらです。

せりせり〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)動作などの落ち着かないさま、せきたてるさまを表わす語。せかせか。(2)せせこましいさまを表わす語。こせこせ。(3)言動などのうるさいさまを表わす語。

そいそい〔副〕(「と」を伴って用いることもある)歯切れよく静かに物をかむ音などを表わす語。

そごそご〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)気落ちして元気のないさまを表わす語。すごすご。(2)かわいたものやこわばったものなどが、触れるさまを表わす語。

そっそ〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)静かに行なうさまを表わす語。そっと。(2)わずかなさまを表わす語。ちょっと。

ぞべぞべ〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)つややかなさまを表わす語。(2)長い着物などを着て、動作が不活発なさまを表わす語。そべらぞべら。ぞべりぞべり。(3)((2)から)てきぱきせず、だらしのないさまを表わす語。ぞべらぞべら。

 見出し項目「そいそい」には使用例として、「漢書列伝竺桃抄〔1458-60〕」の「蚕の桑葉をそいそいと食て、あげくに食尽様にするぞ」があげられており、カイコが桑の葉を食べる時の音を「ソイソイ」で表現していることがわかる。もりもり食べるという「雰囲気」ですね。見出し項目「そごそご」には(1)の語釈中に「すごすご」とある。「ソゴソゴ」と「スゴスゴ」とは「ソ」と「ス」とが入れ替わっている。もっといえば、母音が[o]から[u]に入れ替わっているので、「母音交替形」ということになる。こういうこともある。落ち着きのない人に「なんだかセリセリしてるね。どうしたの?」と言ったり、落ち着きのないこどもに「セリセリしないっ!」と言ってみたら、どんな反応がかえってくるでしょうか。

 最後に1つ。次のような見出し項目があった。

こんかい[吼噦]【一】〔名〕狐の鳴声から転じて、狐のこと。【二】狂言「釣狐」の別称。

 【一】の語義の使用例として、「虎明本狂言・釣狐〔室町末-近世初〕」の「わかれの後になくきつね、なくきつね、こんくゎいのなみだなるらん」、「雑俳・西国船〔1702〕」の「ひょっと出てこんくゎいのとぶ階がかり」などがあげられ、【二】の語義の使用例として、「堺鑑〔1684〕中・釣狐寺」の「世に云伝釣狐の 狂言 又吼噦共いへり」があげられている。「辞書」欄には「書言・言海」とある。「書言」は江戸時代、享保2(1717)年に刊行された辞書、『書言字考節用集』(全13冊)のことで、その「言辞 九上」(第11冊)に「吼噦(右振仮名コンクハイ)」という見出し項目がある。明治24年に完結した『言海』には、「こんくわい(名) 吼噦 [狐ノ鳴聲ヲ以テ名トス]狐釣ノ狂言ノ名」とある。「吼」は〈ほえる〉という字義をもっているが、『大漢和辞典』巻2(904ページ)に載せられている「吼」字に「コウ」「ク」という音は認められているが、「コン」はない。また「吼噦」という熟語もあげられていない。

 『日本国語大辞典』の見出し項目「こんかい」をよんだ時には、漢字列「吼噦」があてられていることもあって、「コンカイ(コンクヮイ)」という発音の漢語があって、それはキツネの鳴き声に基づいてできた漢語だと想像してしまった。そうであれば、日本でも中国でもキツネの鳴き声を「コン」と聞きなしたことになり、「おもしろいですね」でめでたくこの回も終わるところだった。ところが、どうも漢語「コンカイ(コンクヮイ)」はなさそうなので、そうなると「吼噦」は日本であてられたのではないかということになる。やはりことばは一筋縄ではいかないが、その「どっこい、そんなに単純ではないぞ」というところが言語のおもしろさでもあると思う。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 4月 9日