シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第二十回:ホストファミリーのダリアさん②

筆者:
2019年2月8日

アップリケを縫いつけるダリアさん(2018年8月筆者撮影)

前回はオブゴルト村における筆者のホストファミリーを紹介しました。シベリアの少数民族には、森やツンドラの奥地で天幕に暮らし、移動生活をしている人々だけでなく、彼らのように村に定住して賃金労働をしている人々もいます。今回は、この家族の一日の描写をとおして現代ロシアを生きるハンティの日常生活を紹介したいと思います。

ダリアさん(仮名)はだいたい7時~7時半くらいに起床し、8時には仕事に行きます。11歳息子のアレークくん(仮名)は7時半に学校へ行きます。人口1000人程度のオブゴルト村は、村の端から端までを徒歩で移動することができます。ダリアさんの職場である村役場までは徒歩数分、アレークくんの学校へは10分くらいです。朝食は軽く、砂糖入りの紅茶だけで済ませます。ダリアさんの仕事は村役場の清掃で、月曜日から金曜日まで、週五日勤務します。清掃のほか、花壇の手入れやペンキ塗り、役場主催イヴェントの手伝い等も行います。ダリアさんは普段からハンティの民族衣装を着ていますが、仕事のときにも同様に民族衣装を着用します。12時~14時が休憩時間で、一度帰宅して昼ご飯を食べます。昼ごはんには、パンと昨日の残りもののスープや肉・魚料理、あるいはゆで卵やソーセージ、魚の塩漬け、切っただけのトマトやキュウリ等を食べます。アレークくんは学校の食堂で昼食をとります。

食後、ダリアさんは休憩時間いっぱいまで裁縫をします。ダリアさんは暇さえあれば何か縫い物をしています。彼女は自分と家族の衣服のほかに、鍋つかみや寝具等も縫います。彼女は14時に仕事に戻り、17時半くらいに帰宅します。アレークくんは16時くらいに帰宅し、すぐに友人や従兄弟たちと遊びに出かけます。

ダリアさんが勤める村役場(同)

ところで、彼らが出かけているあいだ、筆者は村の古老たちの家々を訪ねてインタビュー調査を行ったり、役場や郷土資料館で統計資料を写したりします。筆者は訪問した家でそのまま昼食やおやつをいただくこともあります。延々とおしゃべりしたり、家事の手伝いや散歩をしたりして帰宅が夜中になることもあります。

ダリアさんは帰宅後すぐに夕食の準備をします。冷凍庫に保管してあるトナカイ肉や鳥獣の肉、魚を調理するか、アレークくんが友人たちと川で釣って来た魚を茹でて食べるかします。パンに加えて、蕎麦の実等の穀類やマカロニ、じゃがいもを付け合せることもあります。

家族で夕飯をとった後、ダリアさんは再び裁縫や毛皮鞣(なめ)しをします。彼女は裁縫が上手なので、親戚等から衣服作成依頼が頻繁にくるため、常に彼女には何か仕上げねばならない縫い物があります。ダリアさんは縫物をしながら筆者の質問に答えてくれます。筆者は昼間行ったインタビューでよく分からなかったことやハンティ語のスペルをダリアさんに尋ねてフィールドノートの整理をします。ハンティの文様や技術を教えてもらいながら筆者も一緒に裁縫をするときもあります。アレークくんは宿題やテレビ鑑賞をします。

就寝前に食事をとる習慣があり、紅茶だけではなく、魚や肉、パン等を食べます。ダリアさんは夕食後、裁縫をしながら、新たに野鳥の羽むしりや魚の下ろし等の料理の下ごしらえをして、肉や魚料理を作ります。そして、23時くらいに就寝します。

ダリアさんと筆者は友達のような関係です。緊張せず、気を使わず、冗談を言って笑いあいます。アレークくんには年が離れた姉が二人いるせいか、筆者もその延長のような感じで接してくれます。一緒に家事の手伝いや魚釣り、松の実拾いなどに行きます。しかし、姉たちのように甘える対象ではなく、むしろ筆者を面倒を見る対象としてみなしているように思います。彼は遊びをとおして私に村や森のことを教えてくれるからです。

このように、シベリアの村の生活は、テレビも携帯電話も商店もあり、学校や労働という近代的な時間のリズムに縛られた生活を送ります。これらの点は、日本の田舎の生活とあまり変わらないと筆者は思います。大きく異なることといえば、ハンティ語を話すこと、魚と肉を自給すること、民族衣装を着用すること、上下水道がないことくらいではないかと思います。

川岸で魚釣りをするアレークくん(同)

ひとことハンティ語

単語:Ӆант кавәртәм.
読み方:ラントゥ カヴェルテン。
意味:スープはもう煮えました。
使い方:スープに十分火が通ったとき、完成したときに使います。「ラントゥ」は肉や魚、穀類の「スープ」や「ブリオン」という意味と「小麦粉」という意味があります。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

今回は村で過ごすダリアさんとアレークくんの日常生活を紹介していただきました。大石先生も本文中にあるように、日本の地方の生活とあまり変わらないように思えますね。と思ったら、さらりと「上下水道がない」とあります。これって大きな違い!では水はどうしているのか先生にうかがったところ、「川から汲んできて、ドラム缶に溜めます。水は少し茶色がかっていますが、澄んでいてとてもきれいです。これでいれる紅茶もおいしいです」とのことでした。次回は3月8日更新予定です。