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『日本国語大辞典』をよむ―第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

2017年 5月 21日 日曜日 筆者: 今野 真二

第8回 わたしは誰でしょう?①:西洋編

 かつては、小型の国語辞書では、動植物名や地名、人名などの固有名詞を見出し(headword)としないことが多かった。しかし最近では必ずしもそうでもなく、小型の国語辞書でも見出しとしていることが少なくない。「百科事典」は動植物名や固有名詞を必ず採りあげるので、このような見出しをたてるかたてないかによって、「百科事典」と「国語辞書」とが分かれるというみかたがある。『広辞苑』は中型辞書なので、例えば、「いたやがい」という二枚貝の名前を見出しとし、「挿図」が添えられている。しかし『新明解国語辞典』第7版には「いたやがい」という見出しはない。これはどちらがいいということではなく、どのような見出しをたてるか、という、それぞれの辞書の「方針」による。

 『日本国語大辞典』は大型辞書で、小型辞書に比して紙幅に余裕がある。そうしたこともあってのことと推測するが、動植物名や固有名詞をかなり見出しとしている。読み始めた頃は、固有名詞が気になった。なぜ気になったか、その理由を自身で推測してみると、おそらく日常生活では案外と目にしたり、耳にしたりしないということがありそうだ。また、ああこの人名は高等学校の生物の時間に習ったとか、高等学校の学習と結びついている人名がある程度あった。特に日本人以外の人名についてはそういうことが多いように思う。みなさんは次の人名をご存じでしょうか。

1 アクサーコフ

2 アグノン

3 アシュバゴーシャ

4 アスキス

5 アスケ

 1は「ロシアの小説家。作風は写実的で平明。代表作「家族の記録」「孫パグロフの少年時代」など。(一七九一~一八五九)」と説明されています。2は「イスラエルの小説家。作品は深い宗教性をもつ。一九六六年度ノーベル文学賞。代表作は「嫁入り」「恐れの日」など。(一八八八~一九七〇)」と説明されています。3は「古代インド一世紀後半の仏教詩人。漢訳名、馬鳴(めみょう)、馬鳴菩薩。生没年未詳」。4は「イギリスの政治家。自由党総裁、首相(在職一九〇八~一六年)。社会政策立法を強力に推進したが、第一次大戦の戦争指導で批判を受け、辞任。(一八五二~一九二八)」と説明されている。5は「北欧神話の主神、オーディンがトネリコの木からつくった最初の男。ハンノキからつくった最初の女エンブラとともに人類の祖先となった」と説明されている。これは正確にいえば人名ではなく、神名というべきであろう。クイズの問題がつくれそうであるが、こういう人名も載せられている。

 さて今回はちょっと風変わりな名前を話題にしてみたい。やはりクイズ形式で、次の名前がわかりますか。

6 しなのたろう【信濃太郎】

7 じゃのすけ【蛇之助】

8 そそうそうべえ【粗相惣兵衛】

9 たんばたろう【丹波太郎】

10 ちょうまつ【長松】

11 つくしさぶろう【筑紫三郎】

12 ならじろう【奈良次郎・奈良二郎】

13 にゅうばいたろう【入梅太郎】

14 ばんばのちゅうだ【番場忠太】

15 ひがざえもん【僻左衛門】

16 むちゅうさくざえもん【夢中作左衛門】

 『日本国語大辞典』は次のように説明している。

6 (1)夏の雲を人名のように表現して親しんでいう語。(2)毛虫のこと。

7 大酒飲みを人名のように表現した語。「古事記」にある素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐(やまた)の大蛇(おろち)に酒を飲ませて退治した伝説から、蛇(へび)を酒飲みとしていったもの。

8 (粗相者の意味を込めた擬人名から)あわて者がつぎつぎに失敗する笑話。弁当と枕を間違えて出かけ、失敗を重ねた結果、自分の家を隣と間違えてどなりつけるなどという筋。

9 陰暦六月頃に丹波方面の西空に出る雨雲を京阪地方でいう語。この雲が現われると夕立が降るという。

10 (1)(江戸時代、商家などの小僧に多く用いられた名前であるところから)商家などの小僧の通称。(2)田舎者や被害者をいう、てきや・盗人仲間の隠語。

11 九州地方を流れる筑後川の異称。関東地方の坂東太郎(利根川)、四国地方の四国二郎(吉野川)とともに日本三大河の一つ。吉野川を四国三郎と呼ぶ場合には筑紫二郎と呼称される。

12 【一】〔名〕夏の雲をいう畿内の方言。【二】奈良東大寺の鐘の異称。この鐘より大きく、琵琶湖に沈んでいるといわれる鐘を「海太郎」というのに対するとも、東大寺の大仏を「太郎」というのに対するともいう。

13 梅雨にはいった最初の日をいう。梅雨期の一日め。

14 芝居の曾我ものなどに、しばしば出る好色な三枚目敵で、梶原景時の家来の名。また転じて、女に甘い男をいう。

15 (「ひが」を人名のように表現した語)(1)やぼな人。無粋な人。いなかもの。明和(一七六四~七二)から天保(一八三〇~四四)へかけての上方の流行語。(2)我を張る人。わがままをいう人。

16 物事に夢中であること、酩酊(めいてい)して我を忘れることを人名のように表わした語。元祿(一六八八~一七〇四)頃から江戸で流行したことば。夢中作左。

 11は小学校か中学校で学習したように思う。習ったのは坂東太郎、四国二郎、筑紫三郎だっただろうか。6・9・12は雲に名づけられている。現在だと「ニュウドウグモ(入道雲)」という語は使うが、筆者は聞いたことがない語である。13の使用例に若月紫蘭の「東京年中行事〔1911〕」が示されているが、その例文中には「土用三郎」「寒四郎」「八専二郎」という語もみられる。『日本国語大辞典』は「はっせん(八専)」について「一年に六回あり、この期間は雨が多いといわれる。また、嫁取り、造作、売買などを忌む。八専日。専日」と説明している。この「ハッセン(八専)」の第2日目が「八専二郎」だ。

 筆者の子供の頃には、痩せている人を小学校の担任の先生が「ほねかわすじえもん(骨皮筋右衛門)」と言っていたような記憶があるので、いろいろなことを擬人化して表現するということがまだあった。現在だと問題になってしまうかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 5月 21日