2017年 7月 のアーカイブ

『日本国語大辞典』をよむ―第13回 懐かしいことば

2017年 7月 30日 日曜日 筆者: 今野 真二

第13回 懐かしいことば

 『日本国語大辞典』をずっとよんでいくと、懐かしいことばに出会うことがある。

もっこう【目耕】〔名〕読書することを田を耕すことにたとえていった語。

 中国、明の王世貞が、5世紀半ば頃に成立した『世説新語(せせつしんご)』に、唐や宋の記事を加えて改編した『世説新語補』の使用例があげられているので、中国でも使われた語であることがわかる。ちなみにいえば『世説新語補』は江戸時代によく読まれていたと思われる。

 筆者は鎌倉に生まれた。鎌倉といっても、JRの駅でいえば、北鎌倉で、幼稚園は円覚寺の中にある円覚寺幼稚園に通っていた。その北鎌倉で唯一の本屋さんが「目耕堂」だった。なにしろ北鎌倉唯一だから、本といえば何でもそこで買っていた。亡父が毎月講読していた雑誌や筆者が買ってもらっていた子供用の雑誌は配達してもらっていた。それゆえ、「モッコウドウ」という名前はすぐに覚えたし、包装紙には「目耕堂」と印刷してあったので、ある時期からは漢字もわかっていた。しかし、「目耕堂」の「目耕」がどういう語義をもった語であるかは考えたことがなかった。なかなかしゃれたネーミングであったことが上の見出しをよんで初めてわかった。ちょっと感慨深い。

 そういえば筆者が子供の頃、クリスマスなどには少したくさん本を買ってもらうことがあった。そんな時には「おでかけ」をして横浜(伊勢佐木町)の「有隣堂」に行った。そこで数冊本を買ってもらい、地下の食堂で食事をして帰るのが「おでかけ」の決まりのコースであった。「有隣」は『論語』里仁編第4 25章の「徳不孤 必有隣」(徳は孤ならず、必ず隣有り)に由来しているのだということは、漢文で『論語』を習った時に、気づいた。こういうネーミングは少なくなっているように思う。

かわりばん【代番・替番】〔名〕(1)互いにかわりあって事をすること。交替でつとめること。順番。かわりばんこ。かわりばんて。かわりばんつ。(2)交替で当たる番。また、それに当たっていること。

かわりばんこ【代番―】〔名〕(「こ」は接尾語)「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

かわりばんつ【代番―】〔名〕「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

 「カワリバンコ」は現代でもひろく使う語であると思われるが、筆者は子供の頃に「カワリバンツ」を聞き、かわった語形だと思った記憶がある。いつ頃聞いたか定かではないが、小学校高学年だったような気がしている。筆者がかわった語形だと思ったのだから、筆者の周辺ではあまり耳にしない語形だったということだろう。「カワリバンツ」は自身が使う語ではないが、耳にした時の驚きのようなものが鮮明によみがえった。これも「懐かしいことば」だ。ちなみにいえば、見出し「かわりばんこ」において「「こ」は接尾語」と記していることからすれば、見出し「かわりばんつ」においても、「つ」に関しての記述があったほうが、記述の一貫性が保たれるのではないかと思う。記すとすれば、接尾語ということになりそうだが、他に「つ」が接尾語としてつく語がすぐには思い浮かばない。そんなことが「つ」についての記述を省いた理由かもしれない。

きよう【崎陽】(江戸時代の漢学者が、中国の地名らしく呼んだもの)長崎の異称。

 崎陽軒のシウマイは子供の頃から食べていたが、「キヨウ(崎陽)」が長崎のことだとはある時期までは知らなかった。調べてみると、創業者久保久行が長崎出身であることがわかった。そういえば、日本の活版印刷の先駆者として知られる本木昌造(もときしようぞう)が日本最初の地方新聞として印刷したものが『崎陽雑報』という名前だった。この冊子は木製活字と金属活字とで混合印刷されている。

 『甲陽軍鑑』という軍学書がある。『日本国語大辞典』は次のように説明している。

こうようぐんかん【甲陽軍鑑】江戸前期の軍書。二〇巻二三冊。武田信玄の老臣、高坂昌信の口述による、大蔵彦十郎、春日惣次郎の筆録で、元和七年(一六二一)以前に小幡景憲の整理を経たものという。(中略)甲州流軍学の教典とされ、江戸初期の思想や軍学を知る史料となっている。

 ここに「コウヨウ(甲陽)」がみられる。「「甲陽」は甲州のミヤコである甲府を指す語」(酒井憲二『老国語教師の「喜の字の落穂拾い」』、2004年、笠間書院、132ページ)であると思われる。『日本国語大辞典』は単独の「コウヨウ(甲陽)」は見出しとしていない。上の本には「紀陽」「薩陽」「周陽」という語が存在していたことが記され、それぞれ、紀州和歌山、薩摩鹿児島、周防山口を指すという、山田忠雄の見解が紹介されている。『日本国語大辞典』は長崎を「中国の地名らしく呼んだもの」が「キヨウ(崎陽)」であるということは記しているが、どこが中国の地名らしいのかについては記していない。実はそこが考え所であるが、山田忠雄は「洛陽」に由来すると考えていたことがやはり上の本の中に紹介されている。

らくよう【洛陽・雒陽】【一】〔一〕中国河南省北西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。(略)後漢・西晉・北魏などの首都となり、隋・唐代には西の長安に対し東都として栄えた。(略)【二】〔名〕(転じて)みやこ。

 もともとは中国の地名であった「ラクヨウ(洛陽)」が一般的な「ミヤコ」という語義をもつようになったということだ。【二】の使用例として「日葡辞書〔1603~04〕」があげられているので、17世紀初頭にはそうした使われ方がされていたことになる。

 崎陽軒から少し固い話になってしまったが、『日本国語大辞典』をよんでいると、このような「懐かしいことば」に出会うことがある。そのことばはいろいろな記憶をよびさましてくれるし、そこからまた別の記憶につながっていくこともある。ことばがそのように記憶の中に埋め込まれていることを改めて知ることができるのも、辞書をよむ楽しみの1つかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

続 10分でわかるカタカナ語 第21回 ドローン

2017年 7月 29日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ドローン」の意味と使い方

どういう意味?

 「無人飛行機」のことです。

もう少し詳しく教えて

 ドローン(drone)は英語がもとになった言葉で、「無人飛行機」のことです。

 昨今よく見聞きする「ドローン」は「回転翼を複数持っている小型ヘリコプター」がほとんどですが、それはドローンの概念の一部にすぎません。例えば機体の形状が回転翼のヘリコプターであっても固定翼の飛行機であっても、どちらもドローンです。また機体がどんな大きさ(小型・大型)か、どんな操縦方法(遠隔操作・自律飛行)かによらず、「無人の飛行体」のことを「ドローン」と言います。

 なお音楽の分野ではドローンに「同じ高さで鳴り続ける(低い)音」の意味もあります。くわしくは後述します。

どんな時に登場する言葉?

 もともとドローンは軍事分野で使われる言葉でしたが、用途の広がりとともに農業(農薬散布など)・物流・土木(建設物の点検など)・災害対策・娯楽(動画撮影など)・報道・警備など、民生の分野でも多岐にわたり使われています。

どんな経緯でこの語を使うように?

 そもそも英語の drone は「蜂(はち)の羽音」や「オスの蜂」のことを意味します。この言葉がなぜ「無人飛行体」を表すのでしょうか。その答えは、軍用機の歴史に隠されています。

 イギリス海軍で1935年から運用されていた、DH82Bという標的機(訓練用の標的とする飛行機)がありました。この標的機DH82Bは、Fairey Queenという偵察用複葉機をもとに作られ、DH82の「B」モデルであることからか、 Queen Bee(女王蜂)との通称を持っていました。このQueen Beeを参考にアメリカ海軍も標的機を自主開発。女王蜂を参考にしたという意味を込めて、自主開発した機体にオスの蜂を意味するdroneと名付けたのです。以後英語では、標的機をtarget drone(ターゲットドローン)と呼ぶ習慣が定着しました。こうして、オスの蜂と無人飛行機が結びついたわけです。

 また1980年代にアメリカで製造開始された無人偵察機「プレデター」が開発されて以降は、無人偵察機や殺傷を目的とした無人機が実戦で使用されるようになりました。これらの無人機もドローンと呼ばれてきました。

 いっぽう、2010年代には「回転翼を複数持つ小型ヘリコプター」をさすドローンが登場します。2010年にフランスのパロット社が「AR Drone」と名付けたクアッドコプター(意味は後述)を発表。以後、ドローンの民生市場が急拡大したのです。日本では2015年にマスコミなどでの注目度が一気に高まり「空の産業革命」という表現も登場しました。

ドローンの使い方を実例で教えて!

「ドローン○○」

 民生利用の拡大に伴い、ドローンを冠した複合語も増え続けています。例えば「ドローンビジネス」(ドローンを応用したビジネス)、「ドローンレース」(ドローンの競争)、「ドローン映像」(ドローンによる空撮映像)などの表現が存在します。

飛行機ではない「ドローン」

 船舶や潜水艦など「飛行機以外の無人機」もドローンと呼ぶ場合があります。「ドローン船」や「水中ドローン」などの表現も登場しました。

音楽の「ドローン」

 音楽の世界では同じ高さで鳴り続ける(低い)音をドローンと呼びます。バグパイプでずっと鳴っている低い方の音などを指します。またそのような音を積極的に用いる「ドローン音楽」と呼ばれる音楽ジャンルも存在します。このジャンルを単に「ドローン」と呼ぶ場合もあります。

言い換えたい場合は?

 まず軍事分野のドローンは「(無人)標的機」「無人偵察機」「無人攻撃機」「無人(航空)機」などと言い換えることができます。また民生用のドローン(遠隔操作・自律飛行が可能な小型のヘリコプター)は、新聞などのマスコミで「小型無人(飛行)機」「無人小型(飛行)機」などの言い換えが定着しています。なお音楽のドローンについては「同じ高さで鳴り続ける音」などの表現を試してみてください。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

マルチコプター 世間一般のドローンのイメージが「回転翼を複数持つ小型のヘリコプター」であることは前述したとおり。このようなヘリコプター(回転翼が3つ以上のもの)を「マルチコプター(multicopter)」と呼びます。このうち特に回転翼が4つのものを「クアッドコプター(quadcopter、クワッドコプターとも)」と呼びます。

マリリン=モンロー 20世紀を代表する女優の一人、マリリン=モンロー(Marilyn Monroe)。彼女のデビューとドローンには、ちょっとした関係がありました。彼女はデビュー前、標的機(ターゲットドローン)の製造工場で工員として働いていたのです。この工場に取材で訪れた米陸軍の報道記者が彼女を撮影。その写真がきっかけとなり、彼女は芸能の道を歩みはじめました。ちなみにその報道記者の上司が、のちに米大統領となる俳優ロナルド=レーガンだったといいます。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

広告の中のタイプライター(12):Crandall New Model

2017年 7月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Scribner's Magazine』1888年12月号

『Scribner’s Magazine』1888年12月号(写真はクリックで拡大)

「Crandall New Model」は、クランドール(Lucien Stephen Crandall)が、1886年から1894年頃にかけて、ニューヨーク州グロトンで製造していたタイプライターです。ただし、クランドールは一夫多妻主義者で、グロトン以外にも複数の生活拠点があったらしく、「Crandall New Model」の注文販売は、ニューヨーク州ビンガムトンのアイルランド・ベネディクト社にまかせていました。「Crandall New Model」の特徴は、タイプ・スリーブ(type sleeve)と呼ばれる金属製の活字円筒が、プラテンのすぐ手前にそびえ立っていて、他には印字機構が見当たらない点です。タイプ・スリーブには、84個(14個×6列)の活字が埋め込まれていて、このタイプ・スリーブが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。84個の活字は、最上列とその次の列が小文字、真ん中の2列が大文字、下の2列が数字と記号になっています。

キーボードも特徴的で、29個のキーが、上段に14個、下段に15個(空白を含む)、扇状に並んでいます。上段のキーはzprchmilfesdbkと並んでおり、下段のキーは真ん中に空白があってjvxunw. ,toagyqと並んでいます。各キーを押すと、タイプ・スリーブが回転し、対応する文字がプラテン側に来ると同時に、倒れ込むように叩きつけられて、印字がおこなわれます。前面右側の「CAP’S」キーを押し下げると、タイプ・スリーブが上がって、大文字が印字されます。ただし、ピリオド・空白・コンマは、そのままです。前面左側の「F&P.」キーを押し下げると、さらにタイプ・スリーブが上がって、上段のキーは12345&’-;67890に、下段のキーは!$¢_/#. ,:%”()?になります。この仕掛けにより、最大84種類の文字が印字できるのですが、通常はピリオドとコンマの活字を3個ずつ重複して埋め込んでおり、全部で80種類の文字となっていたようです。

「Crandall New Model」では、印字がプラテンの前面におこなわれることから、印字した文字が、すぐ直後にオペレータから見えるようになっています。また、タイプ・スリーブの交換は、オペレータが簡単におこなえるようになっており、別の種類の活字や字体に対応可能というのが、上の広告にもあるとおり「Crandall New Model」の売りでした。ただ、残念ながら「Crandall New Model」の印字機構は、高速な印字には向いておらず、調整もかなり面倒でした。それに加え、傷んだ活字だけを単独で交換することができず、タイプ・スリーブ全体を交換しなければいけなかったのです。独創的な印字機構が、むしろ「Crandall New Model」の寿命を縮めた、と言えるのかもしれません。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

モノが語る明治教育維新 第14回―文部省発行の家庭教育錦絵 (4)

2017年 7月 25日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第14回―文部省発行の家庭教育錦絵 (4)

 前回、前々回(⇒第11回第12回第13回)に続いて、文部省が発行した教育錦絵を見ていきます。

 5の数理図の中には、旧来の度量衡〔尺、枡(ます)、秤(はかり)〕について描かれたものの他に、明治になり制度が大きく変わった貨幣をテーマとした1枚があります。政府は新貨条例を明治4年に制定し、貨幣単位を圓(円)・銭・厘とし、新たな金貨・銀貨・銅貨を造幣しましたが、この新貨幣を絵解きで紹介しているのです。


(写真はクリックで拡大)

 錦絵の上段には、20圓、10圓、5圓、2圓、1圓の5種類の金貨、1圓、50銭、20銭、10銭、5銭の5種類の銀貨、1銭、半銭、1厘の3種類の銅貨が表裏一対として描かれています。よく見ると明治3年と刻印された銀貨や銅貨が描かれており、「当時一般通用の品なり」と説明にもあることから、条例制定前にすでにこれら硬貨が流通していたことも分かり、興味深いですね。

 半銭銅貨には「二百枚換一圓」、1厘銅貨には「十枚換一銭」とわざわざ交換比率が記されており、その比率は1圓=100銭=1000厘となります。現代から見れば、銭や厘と単位が複数あり複雑に感じられますが、江戸期の貨幣制度に比べればとても簡略化されているのです。例えば、江戸期の金貨は金何両何分何朱というように数え、1両=4分=16朱と四進法だったのです(つまり1分は0.25両、2分は0.5両、3分は0.75両となります)。換算する際、見るからに計算が面倒そうですね。これは開国で貿易を始めた相手国からも不評で、政府としては西洋式に十進法に統一すべき、となったのでしょう。

 江戸期の貨幣制度が複雑だったことは、和算書『塵劫記(じんこうき)』からもうかがわれます。3種類の通貨(金、銀、銭)が流通し、しかも実態が変動相場制だったこともあり、金と銀の両替計算や、銭と銀の両替計算など、かなりのページを割いて出題しています。庶民にとっては計算でだまされないための大切な学びでしたが、一方で、複雑な換金には画中にあるような両替屋が大きな役割を担っていました。しかし、錦絵が出版された明治のはじめには、通貨制度が円に統一されて複雑な計算の必要もなくなり、金融は銀行へ移行する時期でもありました。算盤(そろばん)を手にする散切り頭の商人が、何となく浮かない表情なのは、そんな時代の趨勢(すうせい)を感じているからでしょうか。

 子ども向けに数理の教材として作られたものですが、世間一般に新しい制度を浸透させるための新聞的役割を持った1枚といえます。

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

続 10分でわかるカタカナ語 第20回 ディスクロージャー

2017年 7月 22日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ディスクロージャー」の意味と使い方

どういう意味?

 「情報の開示」という意味です。

もう少し詳しく教えて

 ディスクロージャー(disclosure)とは、もともと英語で「情報の開示」を意味します。

 disclosure は、dis-(打ち消し)と close(「閉じる」)が結びついた動詞 disclose がもとになっています。したがって disclosure とは「閉じないこと」、ひいては「情報を隠さないこと」を意味するわけです。以上の意味はカタカナ語のディスクロージャーにも引き継がれています。

 なお一部ではディスクロージャーを「ディスクロ」と省略して呼ぶこともあるようです(例:ディスクロ誌など)。

どんな時に登場する言葉?

 多くの場合、ディスクロージャーは「企業による経営内容の公開」を意味します。したがってこの言葉は経営分野でよく登場します。また行政による情報公開のこともディスクロージャーと言います。さらにコンピューターの分野でも脆弱(ぜいじゃく)性情報の公開のことをディスクロージャーと呼びます。

どんな経緯でこの語を使うように?

 日本でディスクロージャーという言葉や概念が本格的に注目されたのは1990年代後半のことでした。バブル経済崩壊後の金融市場で「金融ビッグバン」と呼ばれる制度改革が進んだことが背景にあります。これは日本の金融市場を、自由で公正で国際的な市場に変革するための取り組みでした。このうち公正化(利害関係者の保護)を実現するための取り組みとして、ディスクロージャー制度、つまり企業による情報公開制度が拡充されたのです。

ディスクロージャーの使い方を実例で教えて!

「ディスクロージャーの充実」

 ディスクロージャーという言葉を使って、次のような言い方ができます。「ディスクロージャーの充実」「ディスクロージャーの強化」「ディスクロージャーの徹底」「ディスクロージャーを行う」など。いずれも「ディスクロージャー」を「情報開示」に置き換えても意味が通じるところに注目してください。

「ディスクロージャー誌」

 銀行・信用金庫などの金融機関は「ディスクロージャー誌(ディスクロ誌)」と呼ばれる資料を半期ごとに公開しなければなりません。その金融機関における最新の「財務状況や業務内容」を公開する必要があるのです。

 これは銀行法や信用金庫法などの規定に基づいており、「預金者が自己責任で健全な取引先を選べるようにする」ことを目的にしています。ディスクロージャー誌は銀行の本支店に冊子として置いてあるほか、ウェブサイトでも閲覧が可能です。

企業の「ディスクロージャー」

 ディスクロージャーが関係するのは金融機関だけではありません。あらゆる企業における情報公開のこともディスクロージャーと言います。企業のステークホルダー、すなわち利害関係者(株主や取引先など)を保護するため、企業は経営に関する情報を適宜開示しなければなりません。

 企業のディスクロージャーには、大きく分けて「法定開示」「適時開示」「任意開示」という3つの種類があります。このうち法定開示とは、会社法や金融商品取引法(旧証券取引法)に基づく情報開示のこと。また適時開示(タイムリーディスクロージャー)とは、証券取引所の規定により「株価に重要な影響を与える情報」をその都度開示することを意味します。インサイダー取引(=未公開の重要情報を持つ人物による不公正な証券取引)を防ぐことが目的です。さらに任意開示とは、IR(投資家向け広報)・PR(広報)といった方法による自主的な情報開示をさします。

 近年では環境報告書、CSR 報告書などを自主的に公開する企業も増えています。社会が企業に対して開示を求める情報の種類は、多様化する傾向があるようです。

脆弱性の公開

 コンピューターセキュリティー(=コンピューターの安全性を維持する活動)の分野では、ある情報システムで脆弱性(=安全を脅かす弱点)が発見された際、その情報を公開することをディスクロージャーと呼んでいます。また脆弱性の情報を「即時かつ完全に」公開することをフルディスクロージャーとも呼びます。

言い換えたい場合は?

 単純に言い換える場合は「開示」「公開」「公表」「発表」などの言葉を試してください。また「情報開示」「情報公開」のように「情報」という表現を付け加える方法もあります。

 定まった代替表現を使う方法もあります。例えば、企業のディスクロージャーは「企業情報開示」、行政のディスクロージャーは「情報公開」、タイムリーディスクロージャーは「適時開示」と表現できます。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

未確認飛行物体 UFO(未確認飛行物体)や地球外生命体などの存在を信じている人たちの中には、政府などの公的機関に対して「機密情報」を開示させる活動を行っている人もいます。このような活動でもディスクロージャーという言葉が登場します。

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

人名用漢字の新字旧字:「𪚲」と「𪚮」

2017年 7月 20日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第137回 「𪚲」と「𪚮」

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新字の「𪚲」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「𪚮」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。『国字の字典』は、月部に新字の「𪚲」を収録していて、日本の国字(和製漢字)だとみなしています。一方、『説文解字』は、龜部に旧字の「𪚮」を収録していて、秦の時代以前から存在する漢字だとみなしているようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「𪚲」も「𪚮」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「𪚲」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第4水準漢字で、出現頻度数調査の結果が0回でした。この結果、新字の「𪚲」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。旧字の「𪚮」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、審議の対象になりませんでした。

その一方で、平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、新字の「𪚲」と旧字の「𪚮」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「𪚲」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「𪚲」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

『日本国語大辞典』をよむ―第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

2017年 7月 16日 日曜日 筆者: 今野 真二

第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

 2016年10月11日から里見弴の短篇小説集第2集『三人の弟子』(1917年、春陽堂)を読み始めた。84ページまで読んできて次のような行りがあった。「少年の嘘」という作品である。

少年(せうねん)はガツサと云(い)ふ改良半紙(かいりやうばんし)の折(を)れる音(おと)に何(な)んとなく目(め)を上(あ)げて、その教師(けうし)の視線(しせん)とピツタリ行(ゆ)き衝(あた)つた。

かいりょうばんし【改良半紙】〔名〕駿河半紙を漂白したもの。江戸末期からミツマタを原料としてつくられていた駿河半紙は色が悪く不評であったため、これを漂白し、明治末ごろから売り出したもの。昔からのコウゾ紙にくらべてきめがこまかく、色白、薄手で、しかも墨つきがよいので好評を博した。

 上のように、『日本国語大辞典』は「かいりょうばんし」を見出しとしている。使用例としては、まず、谷崎潤一郎の「卍〔1928〜30〕」があげられている。『三人の弟子』は1917年に出版されているので、「少年の嘘」での使用が『卍』よりも前であることになる。「ガツサ」は「改良半紙の折れる音」なので、発音は「ガッサ」であろうが、『日本国語大辞典』は見出しにしていない。『日本国語大辞典』といえども、あらゆるオノマトペを見出しにすることはできないだろうから、「ガッサ」が見出しになっていないのは理解できる。

 さらに読み進めていくと、「手紙」という作品に次のような行りがあった。

放埒(ルーズ)なことをして置(お)いて、その結果(けつくわ)には手(て)もなく苦(くる)しまされる過去(くわこ)の生活(せいくわつ)から、彼(かれ)は労(つか)れ易(やす)い老人(らうじん)の心(こゝろ)に傾(かたむ)いてはゐたが、それとて二十五歳(さい)の青年(せいねん)の心(こゝろ)から、その撓性(だうせい)を名残(なごり)なく奪(うば)ひ去(さ)ることは出来(でき)なかつた。(108ページ)

 『日本国語大辞典』は、上の「撓性(だうせい)」を見出しとしていない。『大漢和辞典』の「撓」字の条下にも「撓性」はあげられていないので、大規模な漢和辞典もこの語を載せていないことになる。そのことからすれば、国語辞書である『日本国語大辞典』があげていないことは当然ともいえるが、そういう語が大正時代には使われていたということでもある。「撓」字には〈みだす・たわむ〉など幾つかの字義があるが、この文脈で使われた「撓性」をどのような語義とみればよいか、案外とわかりやすくはないように思う。

 『日本国語大辞典』が見出しとしていない語は他にもある。

1 かう書(か)きかけて、彼(かれ)は初(はじ)めて女(をんな)体現的(たいげんてき)に想(おも)ひ浮(うか)べた。(115ページ)

2 その自信(じしん)ある生活(せいくわつ)に這入(はい)るために、常道(じやうだう)を踏(ふ)み出(だ)して、それまで自分(じぶん)の背後(うしろ)に幾本(いくほん)かの黯(くら)い筋(すぢ)を引(ひ)いて来(き)た例(れい)ズル/\ベツタリズムから脱(ぬ)け出(で)ようと云(い)ふのだ、とは考(かんが)へるけれども、(141ページ)

3 その時(とき)、何(な)んの聯絡(れんらく)もなく、ふと女(をんな)へ書(か)いた昨日(きのふ)の手紙(てがみ)のことが脳(あたま)に浮(うか)んだ。この二日間(かかん)に受(う)け取(と)つたどの手紙(てがみ)と比(くら)べて見(み)ても、一番(ばん)厭味(いやみ)なのが自分(じぶん)のだつた。何(なに)より「あてぎ(アフエクテエシヨン)」の多(おほ)いのが不愉快(ふゆくわい)だつた。(146ページ)

4 この友達(ともだち)と一時間(じかん)も一緒(しよ)にゐると、輪島(わじま)は必(かなら)メヅメライズされて了(しま)つて、いくら抵抗(ていかう)してみても、蟻地獄(ありぢごく)の傾斜(けいしや)にゐる蟻(あり)のやうにズル/\と惹(ひ)きずり込(こ)まれて行(ゆ)くのをどうすることも出来(でき)なかつた。(155ページ)

 1~3は「手紙」、4は「失われた原稿」という作品からの引用である。1「体現的」は「グタイテキ(具体的)」にちかいか。2の「ズルズルベツタリズム」は「ズルズルベッタリ」をもとにした造語であることは明らかであるので、『日本国語大辞典』が見出しにしていないのは当然といえよう。3は鉤括弧内に「あてぎ」とあって、振仮名に「アフエクテエシヨン」とある。「アフエクテエシヨン」は英語「affectation」のことと思われるが、小型の英和辞書でこの語を調べてみると、〈気取り・きざ(な態度)〉といった語義があることがわかる。「オモワセブリ」といったような意味合いで里見弴は「あてぎ」という語を使ったか。4の「メヅメライズ」は英語「mesmerize」のことであろう。語義は〈魅了する〉。

 先には、「放埒」に「ルーズ」と振仮名が施されていた。『日本国語大辞典』が見出しとしない語を上のように拾い出していくと、里見弴が使うことばのある特徴が炙り出されてくるように感じる。それは漢語、外来語/外国語を自由自在に使うということだ。「メヅメライズ」のように外国語を片仮名書きしてそのまま使ったり、「ホウラツ(放埒)」という漢語に「ルーズ」と振仮名を施したりする。「affectation」の場合は、この英語を「あてぎ」と訳して、振仮名に英語を残したようにみえる。こうしたことを、大正時代の日本語のありかたと、一般化してみてよいのか、それとも里見弴という個人のことであるのか、それはこれからゆっくり考えていくことにしたい。しかし例えば、里見弴は「失われた原稿」という作品で「廃頽的」(154ページ)という語を使っている。現在であれば「頽廃的」だろう。この「ハイタイテキ(廃頽的)」を『日本国語大辞典』で調べてみると、見出しとなっており、そこには有島武郎の「或る女〔1919〕」の使用例がまずあがっている。この「ハイタイテキ」も「失われた原稿」の使用が早いことになるが、里見弴以外の使用が確認できる。言語は共有されることが大前提であるので、それは当然といえば当然であるが、こうしたことからすれば、里見弴が使ったことばを『日本国語大辞典』とつきあわせながら、丁寧に追うことで大正時代の日本語について何かわかってくるのではないか、という期待をもつことができる。

 さて、筆者がなぜ里見弴を読むようになったかということについて最後に述べておこう。ある時の入試問題の検討会の後だったように記憶しているが、近代文学、特に泉鏡花を専門としている同僚と一緒に廊下を歩いている時に、その同僚が里見弴はけっこうおもしろいというような話をした。同僚は演劇や映画にも詳しいので、小津安二郎の「彼岸花」の原作は里見弴だということもその時に聞いて知ったように思う。そんなことがあって、ちょっと読んでみようかと思ったのがきっかけだった。読んでみるとたしかになかなかおもしろいし、何より、大正時代の日本語について考えるきっかけとなった。同僚に感謝。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

続 10分でわかるカタカナ語 第19回 ダイバーシティー

2017年 7月 15日 土曜日 筆者: もり・ひろし & 三省堂編修所

10分でわかる「ダイバーシティー」の意味と使い方

どういう意味?

 「(人間の)多様性」という意味です。「ダイバーシティ」とも言います。

もう少し詳しく教えて

 ダイバーシティー(diversity)はもと英語で、「多様性」を意味します。

 英語の diversity のニュアンスは、類義語である variety(バラエティー)と比較することで理解できます。そもそも diversity も variety も「多様性」を意味しますが、variety は「同じ種類の中での違い」を強調する傾向があり、diversity は「そもそも種類が違うこと」を強調する傾向があるのです。カタカナ語のダイバーシティーも、そのニュアンスを引き継いでいます。

 さてダイバーシティーという言葉は「人間の多様性」を表現する場面でよく登場します。具体的には性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性のことを指すのです。これは後述する「ダイバーシティーマネージメント(diversity management)」に関連しています。

どんな時に登場する言葉?

 経営分野で頻出する言葉です。この分野で近年、「ダイバーシティーマネージメント」という新概念が注目されているからです。「多様な人材を活用する経営」をさす概念です。

 このほか無線通信の分野にも「ダイバーシティー(diversity)」と呼ばれる技術手法があります。

どんな経緯でこの語を使うように?

 もともと1960年代の米国で誕生したダイバーシティーマネージメントという概念が日本でも注目されるようになったのは2000年代以降のことです。2002年に当時の日経連(後の経団連)が『原点回帰―ダイバーシティ・マネジメントの方向性―』と題する報告書を発表。この報告書がダイバーシティーマネージメントの重要性を主張したことから、ダイバーシティーという言葉の使用も増えていきました。

 無線通信用語のダイバーシティーは、これ以前から、専門用語として使われていたようです。

ダイバーシティーの使い方を実例で教えて!

「ダイバーシティーマネージメント」

 多様な人材を活用する経営(マネージメント)のことです。「ダイバーシティー経営」とも言います。

 ここでいう多様性とは、性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性のことです。したがってダイバーシティーマネージメントとは「性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様な従業員を活用する経営手法」を意味するわけです。日本ではとりわけ「女性」人材の活用だけが注目されることも多い概念ですが、それは目標の一部に過ぎません。

 多様な人材の活用は、企業・従業員の双方にとって有益です。まず企業にとっては「国際的なビジネス環境」や「変動の激しいビジネス環境」への対応力が増すメリットがあります。また従業員にとっては、自身の潜在的価値を最大限に活用する働き方が可能になるわけです。

 日本政府もその推進に力を入れており、2012年から経済産業省が「ダイバーシティー経営企業100選」(2015年からは「新ダイバーシティー経営企業100選」)を選定しています。

 ちなみに「ワークライフバランス(work-life balance)」(仕事と生活の両立)という概念も、ダイバーシティーマネージメント(特に女性人材の活用)を実現させる要素として注目された経緯があります。

無線の「ダイバーシティー」

 無線通信分野では「ひとつの無線信号を複数のアンテナで受信したうえで、複数の受信信号をうまく選択・合成することで、信頼性の高い信号を確保する技術」をダイバーシティーと呼んでいます。この分野では慣習的に「ダイバーシチ」ということもあります。またこの技術を用いたアンテナ群を「ダイバーシティーアンテナ(diversity antenna)」といいます。携帯電話の基地局などで一般的に用いられている技術です。

生物多様性

 多様性という言葉を聞いて「生物多様性」のことを思い出した人もいるのではないでしょうか。地球上に多様な種の生物がいること、同じ種の中にも多様な遺伝子があること、さらには多様な生態系があることを意味する言葉です。

 このような多様性は人類にとっても有益な存在。例えば生物工学(バイオテクノロジー)の分野でも、多様性が新しい知見をもたらすことがあるのです。この多様性を保護する目的で「生物多様性条約」(1993年発効)などの国際的な取り組みも進んでいます。

 さて、生物多様性を英語で表現すると biodiversity(「バイオダイバーシティー」)となります。この言葉もダイバーシティーの仲間ということになります。

言い換えたい場合は?

 単純に言い換える場合は「多様性」が使えます。また人の多様性を表現する場合は「人間の多様性」「人材の多様性」などの表現も可能です。もっと詳しく「性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無などの多様性」というように補足するのも良いでしょう。またダイバーシティーマネージメントは「多様な人材の活用」「多様な人材を活用する経営」「多様性を尊重する経営管理」などと言い換えることが可能です。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

お台場(だいば) 東京都江東区青海(あおみ)に『ダイバーシティ東京』と名付けられた複合商業施設/オフィスビルがあります。この場合のダイバーシティ(DiverCity)は多様性(diversity)と街(city)を組み合わせた造語。施設がある地域の名前「台場(だいば)」にもちなんでいるそうです。

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◆この連載の目次は⇒「続 10分でわかるカタカナ語」目次へ

◆以前の連載は⇒「10分でわかるカタカナ語」へ

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【筆者プロフィール】

もり・ひろし & 三省堂編修所

■もり・ひろし
 新語ウォッチャー(フリーライター)。鳥取県出身。プログラマーを経て、新語・流行語の専門ライターとして活動。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「流行観測」コーナーや、辞書の新語項目、各種雑誌・新聞・ウェブサイトなどの原稿執筆で活躍中。

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【編集部から】

 「インフラ」「アイデンティティー」「コンセプト」等々、わかっているようで、今ひとつ意味のわからないカタカナ語を詳しく解説し、カタカナ語に悩む多くの方々に人気を博したコンテンツ「10分でわかるカタカナ語」が、ふたたび帰ってきました。
 「インテリジェンス」「ダイバーシティー」「エビデンス」など、日常生活の中で、新たなカタカナ語は引き続き、次々に生まれています。世の中の新しい物事は、カタカナ語となって現れてくると言っても過言ではありません。
 これら悩ましいカタカナ語をわかりやすく考え、解説してゆきます。
 毎週土曜日更新。

【関連書籍】

●『コンサイスカタカナ語辞典 第4版』
定評あるカタカナ語辞典の第4版。約56,300語収録。詳細は こちら

●『見やすいカタカナ新語辞典』
大きく見やすい活字でカタカナ新語が引ける。約13,000語収録。詳細は こちら

シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから― 第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って

2017年 7月 14日 金曜日 筆者: 大石 侑香

第四回: ヘリコプターとトナカイ橇(ぞり)に乗って


ヘリコプターの中から見たヌムト湖

 交通網が発達した現代においても、私の調査対象地はまだまだ行きにくいところにあります。1ヶ月間の渡航の内14日間が移動日ということもありました。今回は調査地である西シベリアの森の中へどのように行くのかを紹介したいと思います。

 調査地へは、まず、ロシアの首都モスクワ経由でハンティ-マンシースクに行きます。ここで諸手続きを終えた後、さらに田舎の町まで小型飛行機で行きます。川が凍結していない6月から9月は船で移動することも可能です。川が凍結している冬には乗り合いバスも地方都市と田舎の町を結んでいます。船やバスは日本から予約することはできないので、現地に行ってからどんな交通手段がそのときに最適であるかを判断します。インターネットで得られる交通情報もありますが、変更していたりもするので、現地でチケット販売の窓口に直接行くか電話で問い合わせるか、地元の方に聞きます。


ヌムトの位置(クリックで拡大)

 はじめてヌムトに行ったときはヘリコプターを利用しました。当時、ヘリコプターはカズィムという村とヌムトを結んでいました。ヘリコプターは月に1、2回往復していましたが、私がカズィム村に着いたときにはヘリコプターは出発したばかりだったので、最低でも2週間村で待つことになりそうでした。それまでも調査許可の書類入手のために一ヶ月以上も都市部で足止めされていたので、私は少し落胆しました。

 そんなとき、定期的な診察用のヘリコプターがヌムトへ行くという情報を偶然つかみました。村の方を通じて医師たちに私も同乗させて欲しいとお願いしました。かなり無謀なお願いでしたが、どういうわけか、すんなりとこの要望が叶いました。


医師たちとヘリコプターでヌムト集落に降りたつ

 ここで役にたっていたのが、どうやら都市部に滞在中に地元のテレビやラジオ、新聞にたびたび取り上げられていたことのようです。村の人たちみんなが、日本からハンティの文化を学びに来ている学生(当時は院生でした)が来ていて、森の奥深くまで行って調査研究したいらしいということを知っていました。医師たちもそれを知っていて、そういうことならば、と快諾してくれました。

 ヘリコプターは約250kmの道のりを2時間半程度かけてヌムトに到着しました。いよいよヌムトの人たちに会うことができると意気込んでいましたが、意外にも集落にはほとんど人がいませんでした。ヌムトの集落はソ連時代につくられた行政集落で約50軒の住居と小さな商店があり、電気と電話が使用可能です。しかし人々はここに常住せず、ふだんは集落から数十km離れた森の中で家族ごとにトナカイとともに暮らしていました。そこで、たまたま森から集落に来ていた方と交渉して、その方の家に行くことにしました。

 その方の森の住居までは集落から40km弱あり、トナカイに橇(そり)をひかせて移動しました。雪が湿っていてトナカイが走りにくく、休憩時間を含めて通常3時間程度で走るところを、5時間以上もかかって到着しました。トナカイ橇に乗るのは初めてだったので、道程で私は何度も振り落とされました。森の住居に到着するころにはへとへとに疲れていました。


トナカイ橇での移動

ハンティ語紹介

 Ма нємєм ~. マー ネーメム ~.「私の名前は~です(私は~と呼ばれています)」

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◆この連載の目次は⇒「シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―」目次へ

【筆者プロフィール】

■大石侑香(おおいし・ゆか)
東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

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【編集部から】

現代社会はインターネットがあれば世界各国の交通事情も瞬時に分かりますが、どの手段を使うのがその時期に最適かは現地に行かないと分らないことがまだまだあります。雪と氷の世界の移動手段は現代的なヘリコプターと昔からのトナカイ橇、その対比が興味深かったですね。次回はトナカイ橇の話を詳しく紹介していただきます。

広告の中のタイプライター(11):Sholes & Glidden Type-Writer

2017年 7月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『The Nation』1875年12月16日号

『The Nation』1875年12月16日号(写真はクリックで拡大)

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、1874年にE・レミントン&サンズ社が製造を開始したタイプライターです。当初はデンスモア(James Densmore)が販売権を握っていましたが、すぐに立ち行かなくなり、1875年11月にはロック・ヨスト&ベイツ社(David Ross Locke, George Washington Newton Yost & James Hale Bates)に販売権が移っています。ロック・ヨスト&ベイツ社は、「Sholes & Glidden Type-Writer」の販売をテコ入れするため、あちこちの雑誌や新聞に広告を掲載しました。上に示した広告もその一つなのですが、発明者のショールズ(Christopher Latham Sholes)やグリデン(Carlos Glidden)に断りなく、広告のブランド名を「Type-Writer」に縮めてしまっています。というのも、この時点の「Sholes & Glidden Type-Writer」には、筐体のどこにも、ブランド名が記されていなかったのです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、44キーのアップストライク式タイプライターです。外見は足踏み式のミシンに似ており、専用の台の上にマウントされていて、フットペダルがついています。フットペダルを踏み込むと、プラテンが右端に移動し、いわゆるキャリッジリターン動作をおこないます。キー配列は下図に示すとおりです。このキー配列は、最終的にはショールズが決定したものですが、決まるまでには、かなりの紆余曲折があったようです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列

「Sholes & Glidden Type-Writer」には、小文字は無く、大文字しか打つことができません。また、数字の「1」は大文字の「I」で、数字の「0」は大文字の「O」で、代用することになっていました。しかも打った文字は、その場では見ることができません。キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテン下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

大文字しか印字できない「Sholes & Glidden Type-Writer」は、モールス符号の受信には使えるものの、一般的なビジネス分野への導入には無理がありました。もちろん、クリスマス・プレゼントとしても、かなり無理のあるものだったのですが、ロック・ヨスト&ベイツ社は、あえてそこからスタートしたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

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