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『日本国語大辞典』をよむ―第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

2017年 7月 16日 日曜日 筆者: 今野 真二

第12回 文豪のことば②:里見弴が使ったことば

 2016年10月11日から里見弴の短篇小説集第2集『三人の弟子』(1917年、春陽堂)を読み始めた。84ページまで読んできて次のような行りがあった。「少年の嘘」という作品である。

少年(せうねん)はガツサと云(い)ふ改良半紙(かいりやうばんし)の折(を)れる音(おと)に何(な)んとなく目(め)を上(あ)げて、その教師(けうし)の視線(しせん)とピツタリ行(ゆ)き衝(あた)つた。

かいりょうばんし【改良半紙】〔名〕駿河半紙を漂白したもの。江戸末期からミツマタを原料としてつくられていた駿河半紙は色が悪く不評であったため、これを漂白し、明治末ごろから売り出したもの。昔からのコウゾ紙にくらべてきめがこまかく、色白、薄手で、しかも墨つきがよいので好評を博した。

 上のように、『日本国語大辞典』は「かいりょうばんし」を見出しとしている。使用例としては、まず、谷崎潤一郎の「卍〔1928〜30〕」があげられている。『三人の弟子』は1917年に出版されているので、「少年の嘘」での使用が『卍』よりも前であることになる。「ガツサ」は「改良半紙の折れる音」なので、発音は「ガッサ」であろうが、『日本国語大辞典』は見出しにしていない。『日本国語大辞典』といえども、あらゆるオノマトペを見出しにすることはできないだろうから、「ガッサ」が見出しになっていないのは理解できる。

 さらに読み進めていくと、「手紙」という作品に次のような行りがあった。

放埒(ルーズ)なことをして置(お)いて、その結果(けつくわ)には手(て)もなく苦(くる)しまされる過去(くわこ)の生活(せいくわつ)から、彼(かれ)は労(つか)れ易(やす)い老人(らうじん)の心(こゝろ)に傾(かたむ)いてはゐたが、それとて二十五歳(さい)の青年(せいねん)の心(こゝろ)から、その撓性(だうせい)を名残(なごり)なく奪(うば)ひ去(さ)ることは出来(でき)なかつた。(108ページ)

 『日本国語大辞典』は、上の「撓性(だうせい)」を見出しとしていない。『大漢和辞典』の「撓」字の条下にも「撓性」はあげられていないので、大規模な漢和辞典もこの語を載せていないことになる。そのことからすれば、国語辞書である『日本国語大辞典』があげていないことは当然ともいえるが、そういう語が大正時代には使われていたということでもある。「撓」字には〈みだす・たわむ〉など幾つかの字義があるが、この文脈で使われた「撓性」をどのような語義とみればよいか、案外とわかりやすくはないように思う。

 『日本国語大辞典』が見出しとしていない語は他にもある。

1 かう書(か)きかけて、彼(かれ)は初(はじ)めて女(をんな)体現的(たいげんてき)に想(おも)ひ浮(うか)べた。(115ページ)

2 その自信(じしん)ある生活(せいくわつ)に這入(はい)るために、常道(じやうだう)を踏(ふ)み出(だ)して、それまで自分(じぶん)の背後(うしろ)に幾本(いくほん)かの黯(くら)い筋(すぢ)を引(ひ)いて来(き)た例(れい)ズル/\ベツタリズムから脱(ぬ)け出(で)ようと云(い)ふのだ、とは考(かんが)へるけれども、(141ページ)

3 その時(とき)、何(な)んの聯絡(れんらく)もなく、ふと女(をんな)へ書(か)いた昨日(きのふ)の手紙(てがみ)のことが脳(あたま)に浮(うか)んだ。この二日間(かかん)に受(う)け取(と)つたどの手紙(てがみ)と比(くら)べて見(み)ても、一番(ばん)厭味(いやみ)なのが自分(じぶん)のだつた。何(なに)より「あてぎ(アフエクテエシヨン)」の多(おほ)いのが不愉快(ふゆくわい)だつた。(146ページ)

4 この友達(ともだち)と一時間(じかん)も一緒(しよ)にゐると、輪島(わじま)は必(かなら)メヅメライズされて了(しま)つて、いくら抵抗(ていかう)してみても、蟻地獄(ありぢごく)の傾斜(けいしや)にゐる蟻(あり)のやうにズル/\と惹(ひ)きずり込(こ)まれて行(ゆ)くのをどうすることも出来(でき)なかつた。(155ページ)

 1~3は「手紙」、4は「失われた原稿」という作品からの引用である。1「体現的」は「グタイテキ(具体的)」にちかいか。2の「ズルズルベツタリズム」は「ズルズルベッタリ」をもとにした造語であることは明らかであるので、『日本国語大辞典』が見出しにしていないのは当然といえよう。3は鉤括弧内に「あてぎ」とあって、振仮名に「アフエクテエシヨン」とある。「アフエクテエシヨン」は英語「affectation」のことと思われるが、小型の英和辞書でこの語を調べてみると、〈気取り・きざ(な態度)〉といった語義があることがわかる。「オモワセブリ」といったような意味合いで里見弴は「あてぎ」という語を使ったか。4の「メヅメライズ」は英語「mesmerize」のことであろう。語義は〈魅了する〉。

 先には、「放埒」に「ルーズ」と振仮名が施されていた。『日本国語大辞典』が見出しとしない語を上のように拾い出していくと、里見弴が使うことばのある特徴が炙り出されてくるように感じる。それは漢語、外来語/外国語を自由自在に使うということだ。「メヅメライズ」のように外国語を片仮名書きしてそのまま使ったり、「ホウラツ(放埒)」という漢語に「ルーズ」と振仮名を施したりする。「affectation」の場合は、この英語を「あてぎ」と訳して、振仮名に英語を残したようにみえる。こうしたことを、大正時代の日本語のありかたと、一般化してみてよいのか、それとも里見弴という個人のことであるのか、それはこれからゆっくり考えていくことにしたい。しかし例えば、里見弴は「失われた原稿」という作品で「廃頽的」(154ページ)という語を使っている。現在であれば「頽廃的」だろう。この「ハイタイテキ(廃頽的)」を『日本国語大辞典』で調べてみると、見出しとなっており、そこには有島武郎の「或る女〔1919〕」の使用例がまずあがっている。この「ハイタイテキ」も「失われた原稿」の使用が早いことになるが、里見弴以外の使用が確認できる。言語は共有されることが大前提であるので、それは当然といえば当然であるが、こうしたことからすれば、里見弴が使ったことばを『日本国語大辞典』とつきあわせながら、丁寧に追うことで大正時代の日本語について何かわかってくるのではないか、という期待をもつことができる。

 さて、筆者がなぜ里見弴を読むようになったかということについて最後に述べておこう。ある時の入試問題の検討会の後だったように記憶しているが、近代文学、特に泉鏡花を専門としている同僚と一緒に廊下を歩いている時に、その同僚が里見弴はけっこうおもしろいというような話をした。同僚は演劇や映画にも詳しいので、小津安二郎の「彼岸花」の原作は里見弴だということもその時に聞いて知ったように思う。そんなことがあって、ちょっと読んでみようかと思ったのがきっかけだった。読んでみるとたしかになかなかおもしろいし、何より、大正時代の日本語について考えるきっかけとなった。同僚に感謝。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 7月 16日