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『日本国語大辞典』をよむ―第13回 懐かしいことば

2017年 7月 30日 日曜日 筆者: 今野 真二

第13回 懐かしいことば

 『日本国語大辞典』をずっとよんでいくと、懐かしいことばに出会うことがある。

もっこう【目耕】〔名〕読書することを田を耕すことにたとえていった語。

 中国、明の王世貞が、5世紀半ば頃に成立した『世説新語(せせつしんご)』に、唐や宋の記事を加えて改編した『世説新語補』の使用例があげられているので、中国でも使われた語であることがわかる。ちなみにいえば『世説新語補』は江戸時代によく読まれていたと思われる。

 筆者は鎌倉に生まれた。鎌倉といっても、JRの駅でいえば、北鎌倉で、幼稚園は円覚寺の中にある円覚寺幼稚園に通っていた。その北鎌倉で唯一の本屋さんが「目耕堂」だった。なにしろ北鎌倉唯一だから、本といえば何でもそこで買っていた。亡父が毎月講読していた雑誌や筆者が買ってもらっていた子供用の雑誌は配達してもらっていた。それゆえ、「モッコウドウ」という名前はすぐに覚えたし、包装紙には「目耕堂」と印刷してあったので、ある時期からは漢字もわかっていた。しかし、「目耕堂」の「目耕」がどういう語義をもった語であるかは考えたことがなかった。なかなかしゃれたネーミングであったことが上の見出しをよんで初めてわかった。ちょっと感慨深い。

 そういえば筆者が子供の頃、クリスマスなどには少したくさん本を買ってもらうことがあった。そんな時には「おでかけ」をして横浜(伊勢佐木町)の「有隣堂」に行った。そこで数冊本を買ってもらい、地下の食堂で食事をして帰るのが「おでかけ」の決まりのコースであった。「有隣」は『論語』里仁編第4 25章の「徳不孤 必有隣」(徳は孤ならず、必ず隣有り)に由来しているのだということは、漢文で『論語』を習った時に、気づいた。こういうネーミングは少なくなっているように思う。

かわりばん【代番・替番】〔名〕(1)互いにかわりあって事をすること。交替でつとめること。順番。かわりばんこ。かわりばんて。かわりばんつ。(2)交替で当たる番。また、それに当たっていること。

かわりばんこ【代番―】〔名〕(「こ」は接尾語)「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

かわりばんつ【代番―】〔名〕「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

 「カワリバンコ」は現代でもひろく使う語であると思われるが、筆者は子供の頃に「カワリバンツ」を聞き、かわった語形だと思った記憶がある。いつ頃聞いたか定かではないが、小学校高学年だったような気がしている。筆者がかわった語形だと思ったのだから、筆者の周辺ではあまり耳にしない語形だったということだろう。「カワリバンツ」は自身が使う語ではないが、耳にした時の驚きのようなものが鮮明によみがえった。これも「懐かしいことば」だ。ちなみにいえば、見出し「かわりばんこ」において「「こ」は接尾語」と記していることからすれば、見出し「かわりばんつ」においても、「つ」に関しての記述があったほうが、記述の一貫性が保たれるのではないかと思う。記すとすれば、接尾語ということになりそうだが、他に「つ」が接尾語としてつく語がすぐには思い浮かばない。そんなことが「つ」についての記述を省いた理由かもしれない。

きよう【崎陽】(江戸時代の漢学者が、中国の地名らしく呼んだもの)長崎の異称。

 崎陽軒のシウマイは子供の頃から食べていたが、「キヨウ(崎陽)」が長崎のことだとはある時期までは知らなかった。調べてみると、創業者久保久行が長崎出身であることがわかった。そういえば、日本の活版印刷の先駆者として知られる本木昌造(もときしようぞう)が日本最初の地方新聞として印刷したものが『崎陽雑報』という名前だった。この冊子は木製活字と金属活字とで混合印刷されている。

 『甲陽軍鑑』という軍学書がある。『日本国語大辞典』は次のように説明している。

こうようぐんかん【甲陽軍鑑】江戸前期の軍書。二〇巻二三冊。武田信玄の老臣、高坂昌信の口述による、大蔵彦十郎、春日惣次郎の筆録で、元和七年(一六二一)以前に小幡景憲の整理を経たものという。(中略)甲州流軍学の教典とされ、江戸初期の思想や軍学を知る史料となっている。

 ここに「コウヨウ(甲陽)」がみられる。「「甲陽」は甲州のミヤコである甲府を指す語」(酒井憲二『老国語教師の「喜の字の落穂拾い」』、2004年、笠間書院、132ページ)であると思われる。『日本国語大辞典』は単独の「コウヨウ(甲陽)」は見出しとしていない。上の本には「紀陽」「薩陽」「周陽」という語が存在していたことが記され、それぞれ、紀州和歌山、薩摩鹿児島、周防山口を指すという、山田忠雄の見解が紹介されている。『日本国語大辞典』は長崎を「中国の地名らしく呼んだもの」が「キヨウ(崎陽)」であるということは記しているが、どこが中国の地名らしいのかについては記していない。実はそこが考え所であるが、山田忠雄は「洛陽」に由来すると考えていたことがやはり上の本の中に紹介されている。

らくよう【洛陽・雒陽】【一】〔一〕中国河南省北西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。(略)後漢・西晉・北魏などの首都となり、隋・唐代には西の長安に対し東都として栄えた。(略)【二】〔名〕(転じて)みやこ。

 もともとは中国の地名であった「ラクヨウ(洛陽)」が一般的な「ミヤコ」という語義をもつようになったということだ。【二】の使用例として「日葡辞書〔1603~04〕」があげられているので、17世紀初頭にはそうした使われ方がされていたことになる。

 崎陽軒から少し固い話になってしまったが、『日本国語大辞典』をよんでいると、このような「懐かしいことば」に出会うことがある。そのことばはいろいろな記憶をよびさましてくれるし、そこからまた別の記憶につながっていくこともある。ことばがそのように記憶の中に埋め込まれていることを改めて知ることができるのも、辞書をよむ楽しみの1つかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 7月 30日