タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(13):Caligraph No.2

筆者:
2017年8月10日
『American Railroad Journal』1882年1月7日号

『American Railroad Journal』1882年1月7日号

「Caligraph No.2」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるアメリカン・ライティング・マシン社が、1882年に製造・販売を開始したタイプライターです。72キー(12個×6列)のキーボードに、大文字26種類、小文字26種類、数字8種類、記号12種類「($&):;’?”.,-」を配置しているのが特徴で、シフト機構なしに72種類の文字を打ち分けることができます。なお、数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することになっており、スペースキーは、キーボードの左右に配置されています。

「Caligraph No.2」のキー配列

「Caligraph No.2」は、大文字も小文字も数字も記号も、全て一打で打つことができる、という点を売りにしていました。ただし、大文字のキー配列と小文字のキー配列は、互いにほとんど関係づけられておらず、どのキーがどこにあるのか覚えにくく探しにくい、という弱点がありました。また、活字棒(type bar)も72本あり、それら72本が全て、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていました。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Caligraph No.2」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができないのです。

72個のキーと72本の活字棒による、かなり巨大な印字機構にもかかわらず、可鍛鋳鉄で造られた「Caligraph No.2」は、全体の重さが20ポンド(約9キログラム)に抑えられていて、しかも値段は80ドルでした。値段を安く抑えたため、「Caligraph No.2」の売れ行きに較べて、経営は火の車で、ヨストは1885年にアメリカン・ライティング・マシン社を、コネティカット州ハートフォードのフェアフィールド(George Albert Fairfield)に売却してしまっています。ヨストの手を離れた後も、アメリカン・ライティング・マシン社は「Caligraph No.2」の製造・販売を続けており、少なくとも19世紀の終わりまでは、製造が続いていたようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。