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『日本国語大辞典』をよむ―第14回 レストランお江戸のメニュー

2017年 8月 13日 日曜日 筆者: 今野 真二

第14回 レストランお江戸のメニュー

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、さまざまな食べ物や料理が見出しとなっており、こんな料理がかつてはあったのか、と驚く。使用例が載せられていないために、いつ頃の時代の料理か確認できないものもあるが、だいたいは江戸時代にあった料理であると思われるので、「レストランお江戸のメニュー」という題にした。

アチャラづけ【阿茶羅漬】〔名〕《アジャラづけ》漬物の一種。蓮根、大根、カブなどや果実などを細かく刻み、トウガラシを加え、酢と砂糖で漬けたもの。近世初期にポルトガル人によってもたらされたものか。

 「方言」の欄を見ると、「(1)刻んだ野菜を三杯酢に漬けた食品」で、滋賀県蒲生郡では干し大根と昆布で、福岡市では瓜と茄子とで作ったものをいうことがわかる。「アチャラづけ」は和風のピクルスのようなものと思えばよさそうだ。アチャラは外国語を思わせる。調べて見ると『日本大百科全書』(小学館)は「「あちゃら」とは外国の意味とも、またポルトガル語のachar(野菜、果物の漬物)に由来するともいわれる」と記し、『大辞泉』(1995年、小学館)は見出し「アチャラづけ」の語釈に「《(ポルトガル) acharは野菜・果物の漬物の意》」と記している。

あつめじる【集汁】〔名〕野菜、干し魚などをいろいろ入れて煮込んだみそ汁。または、すまし汁。五月五日に用いると邪気をはらうといわれる。あつめ。

 井原西鶴の「浮世草子・世間胸算用〔1692〕」が使用例としてあげられているので、江戸時代に食されていたことがわかる。「みそ汁。または、すまし汁」と説明されているが、味噌汁とすまし汁とではだいぶ違うようにも思うが、具がポイントということでしょうか。5月5日に作ってみてはいかが? 

あなごなんばん【穴子南蛮】〔名〕かけそばの一種。アナゴの蒲焼(かばやき)と裂葱(さきねぎ)とをそばの上にのせ、汁をかけたもの。近世から明治の初め頃の料理。

かけそば【掛蕎麦】〔名〕そばをどんぶりに入れ、熱い汁をかけたもの。ぶっかけそば。かけ。

 「あなごなんばん」の語釈で「かけそば」が気になる方がいるだろうと思って見出し「かけそば」も並べておきました。例えば、『三省堂国語辞典』第7版(2014年)は「かけそば」を「熱い しるをかけただけの そば。かけ」と説明し、対義語として「もりそば」を示している。見出し「もりそば」の語釈には「①せいろうに もった そば。しるに つけて食べる。もり」とある。もりそばを起点とすれば、もりそばが熱い汁に入っているものがかけそば、ということになるが、筆者の認識もそれだ。

 『日本国語大辞典』の「かけそば」の語釈は少し異なっているようにみえる。つまり「熱い汁をかけた」から「かけそば」ということだ。そばだけかどうかはポイントではない。結果としてそばだけということもあるが、何か具が入っていてもよい、ということだろう。さて、それでアナゴとネギとが入っているのが「あなごなんばん」であるが、現在は「かもなんばん」があるので、それのアナゴ版と理解すればよいのだろう。

 ここからはもう少し「えっ?」という料理を紹介しよう。

あゆどうふ【鮎豆腐】〔名〕おろした鮎をうらごし豆腐ではさみ、板につけて蒸した料理。椀盛(わんも)りの実に用いる。また、うらごし豆腐に魚のすり身をまぜ、だし汁、卵、くず粉を加え、みりん、しょうゆ、塩で味つけしてすりまぜ、おろしてみりん、しょうゆにつけこんだ鮎を並べて蒸した料理。一尾ずつ切り分け、汁をかけて供する。鮎寄(あゆよせ)。

 現代では鮎といえば、塩焼きがほとんどのように思うが、鮎と豆腐とをいっしょに食べるというのが、意外な感じがする。この見出しには使用例が載せられていない。

あられたまご【霰卵】〔名〕料理の一種。煮立っている湯の中に割った卵を入れてかき回し、大小さまざまな形としたもの。形があられに似ているところからいう。料理の添え物の一つとして用いられる。

あわびうちがい【鮑打貝】〔名〕アワビ料理の一種。大きなアワビの肉のふちの堅い部分を切り取り、残りの肉をシノダケでたたき、これを酒で煮たもの。

あわびのぶすま【鮑野衾】〔名〕料理の一つ。タイの作り身を霜降りにしたものと、小鳥のたたき肉を団子にしてゆでたものとを、アワビの肉の薄片をすまし汁で煮たもので包むようにして、椀に盛ったもの。

いかの黒煮(くろに) 料理の一つ。イカを細かく切って湯がき、しょうゆと酒少量とに、イカの墨を加えて煮込み、山椒(さんしょう)の若芽をたたいて合わせたもの。

 いかの黒煮は作れそうですね。さて最後に強烈なのを1つ。

めすりなます【目擦膾】〔名〕(「めすり」は、蛙は目をこするという俗説による)蛙を熱湯に入れてゆで、皮をむき、芥子酢(からしず)であえる料理。めこすりなます。

 なんと。カエルの料理です。日本でもカエルを食べていたのですね。この見出しには使用例もあげられていて、「俳諧・俳諧一葉集〔1827〕」に「蛙子は目すり鱠を啼音哉」とあることがわかります。料理の強烈さに、俳諧の句もかすみ気味かもしれません。『日本国語大辞典』をよむと、江戸時代にどんな料理が食されていたか、あれこれと想像することができます。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

2017年 8月 13日